5



「さ、これで二十三層で貼るポスターは全部だな。次は屋上――――」



 言いながら、パールゥを見る。



 彼女は、まだ――――眼鏡のズレを直していなかった。



「パールゥ? お前まだ」

「行こ」



 神妙しんみょうな顔で――気のせいか、少し耳が赤いような――前を見たまま、俺に先んじて転移てんい魔法まほうじんへ歩き出すパールゥ。

 なんだ。あれで直したつもりなのか。

 指摘した方がいいのだろうか。

 ともあれ、俺もとりあえず後を着いていき――二人で魔法陣に乗る。

 作業中の者が多いせいか行きとは違い、乗ったのは二人だけだった。



 それがいけなかった。



 パールゥが俺に向き直る。

 奴はズレた眼鏡のまま俺の目をじっと見て、



「なおして。アマセ君」



 ……などと、抜かしたのだ。



「…………」



 固まってしまう。



 いや、何を、固まっているのか俺は。

 マリスタを思い出せ。あいつだったら秒で切り捨てている。

 それと変わらないではないか。

 変わる部分があるとすれば、この少女は一言いうだけに耳まで真っ赤だということと、余裕よゆうも何もない、口を一文字いちもんじに引き結んだ張り詰めた顔をしているということだけで他には、



不愛想ぶあいそう無下むげにだけはしないで〟



 ――ああ、あの女。



 呪いに苦しむ俺に、なんて追い打ちをくれやがったのか。



 流し込んだ魔力が転移魔法陣を起動させ、周囲に白いヴェールが立ち上る。

 瞬間出来上がる無音むおんの空間。

 それが何かの合図のように聞こえ――俺はひどくたどたどしい手つきで、パールゥの眼鏡の真ん中、光に輝くブリッジの部分を指で押し上げた。



 力を加える方向を間違えたのか、グ、とパールゥの鼻根びこんに眼鏡を押し付けてしまい。

 パールゥは一瞬目を閉じると、くん、と顔を少し持ち上げてきた。



 指が鼻先に触れ、――眼鏡は無事、定位置へと収まる。



 手が、引っ込んだ。



「………………」

「………………」



 …………見たことがある。



天瀬あませ君のことが好き〟



 そういう目は、何度も。



 言葉にしろよ。



 そうすれば、後は俺が――――言葉を、返すだけなのに。



 ヴェールが解かれる。

 途端とたんさわがしさを取り戻す周辺。

 意識ばかりが先行して――俺はとても、とても不自然に、目をらすことに成功する。

 視界の端で、パールゥが顔をせた気がした。



 ……なぜ動き出さない。

 なぜ動き出せない。



 とても短く――しかしとても長く感じた時間。

 それが過ぎた後、パールゥが歩き始める。



「ありがと。さ、次いこ。屋上だよね」

「――――」



 ――――完全に、「痛みの呪い」のせいだ。

 でなければ、こんなに……動転どうてんして、言葉が出ないことなんてあるわけがない。



「…………、」



 深く、呼吸する。

 周囲の雑音に耳を澄ませ、耳をよどませる。心をにぶらせる。



 心を静めなければ。

 呪いから、俺を遠ざけるために。



「アマセくーん? 行くよー」

「…………ああ」



 何事もなかったかのように、俺を呼ぶパールゥに。



 俺も、何事もなかったかのように応え。



 俺達は、仕事へと戻った。

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