追憶――――あの時の少年を、俺は。




◆     ◆




「――――――そう思ってた。でも出来ない。僕は…………妹を残して死ねない。死にたくない……っ」



 ――床に、水滴すいてきあとを次々作り。



 テインツは力の限り、静かに涙を流し続けていた。



 強く握られていたつるぎが、一層いっそう強く握りめられる。



「許すものか……許せるかお前をッ!! 私利私欲のためだけに、僕を――僕の家族を、妹をこんながけっぷちに追いやったお前のことを!! だから――」

「それをすれば、今度こそティアルバーがオーダーガードを潰す。お前自身が言ったことだろう」

「うるせえええぇえぇぇえええ黙れェ――――――ッッッ!!!」



 叫び。



 雨をいた、あの時の叫び。



 その叫びと共に、テインツが向かってくる。

 剣の切っ先は、こちらを向いている。



「――――――」



 あのとき、死を覚悟した。



 いな。来るべきものが、来たのだと思った。



 あの時の俺にも、道は無かったから。

 道が無い以上、生きている意味も無かったから。



「――――――」

「ッ――――!?」



〝将来のこと、まじめに考えてるの?〟



 己の選べる道が、どれも求める未来を引き寄せはしないと。

 そうわかってしまう絶望を、俺もよく知っている。



 俺が、少年のようになる前に。

 絶望に狂い、目がかすみ、まったく関係のない者に激情を向けてしまわないように。

 知らぬ誰かに、災いをもたらす前に。

 更なる悲劇をこの身が生む前に、俺の命を終わらせて欲しかった。



〝お前はどうしたい。けい



 でも、今はそうじゃない。



 俺は目的を見つけ。

 この命を、失うわけにはいかなくなった。



 道さえ見つかれば、命が死を選ぶことは無い。



「――――――」



 そうだ。



 あの少年の雨の時。

 俺が、



〝あなたはお母さんと同じ……いいえ。お母さんよりも大きい、大きい優しさを持っている〟



 …………俺は。



〝ずっとずっと、おれがまもるよ――――やくそくするから!〟













 ――――――俺は、テインツ少年を受け入れた。












「ッ――――」



 テインツの体重が、俺に重い衝撃を与える。

 生理的に受け付けない男のにおいが鼻につく。

 それでも。



「ッ!!? お、おま――――えっ」



 数歩後ろによろめく体。

 でも、それだけだ。

 テインツの一突きは、俺を倒しもしなければ、



「――――、」



 刃さえ、この身体に突き立ってはいなかった。



「く――くそっ!!!」



 突き飛ばされる。

 視界がれ、尻餅しりもちを着いた自分を理解する。



「こ、のっ……お前今一体……ふざけるなよ貴様ッ。今のは・・・一体、何のつもりでっ……気味の悪いッ!」

「――……今の、は」



 ……俺は今、何をしていた?



 違う。

 そんなことは――きっと大事ではない。

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