抱擁――――その、弱く厚い壁を、こえて



 テインツは俺に剣を向けていた。

 俺は避けなかった。

 それなのに、剣は俺を貫かなかった。



 それはつまり。



「……テインツ。お前は剣をらした」

「! っ、」

「これまでの剣の応酬おうしゅうもそうだ。俺を殺すチャンスはいくらでもあったはずなのに、お前は俺を殺さなかった」

「だ――だまれ、」

「そして俺を殺してもお前に未来はない。お前自身が、その口で言った」



 …………テインツの瞳が、おびえに見開かれる。



「……テインツ。お前は何をしにここへ来た?」

「ッッ――――」



 張り詰めた目のまま、テインツが後退あとずさる。

 不規則ふきそくに呼吸をり返し、目尻めじりに涙のあとを残したテインツは声にならない言葉をれにらすと――――



『…………ああ。自分のちっぽけなプライドがつくづく嫌になる』



 …………通訳つうやく魔法まほう壁の崩壊アンテルプ・トラークを切り、話し始めた。



『こんなことをしに来たわけじゃないのに。こんなことをしている時間はないのに――妹を守るより、自分のプライドを守ることに必死になってしまっている。クズもいいとこだ……お前には、大義たいぎ名分めいぶんのように殺意さついを、妹のことを語っておきながらっ……』



 声に涙がじる。

 うつむいたテインツの肩が震えている。



『クソが。それもこれも全部、ぜんぶお前のせいだ。お前に出会いさえしなければ、僕は今まで通りの自信を持っていられた。お前に負けさえしなければ、こんなみにくい感情を――――こんな醜い自分を、知らずにんでいたのにっ……!!』

「…………」



 振りしぼるように。

 涙の流れる目で俺をにらみつけながら。

 でも、



『……だけど、そうさ。これが僕なんだ。どれだけ虚勢きょせいを張っても、どれだけ妹の為家族の為の息巻いきまいても――――結局大きな力には逆らえない。ここまで追い詰められても、大貴族に立ち向かおう・・・・・・・・・・とは思えない・・・・・・。こんなになっても僕はまだ自分の身が可愛いのさ。だから、このおよんで僕は、僕はっ、』



 テインツの目が細められる。

 後から後から大粒おおつぶこぼれ落ちる。

 閉じられた口から、懸命けんめいに何らかの言葉が飛び出そうとしている――ように見える。



 きっとその言葉を言わせたのは、奴の妹だった。

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