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 ――身に覚えがないのだろうな。システィーナの奴、最初からそう言葉をつなげるつもりだったってことか。

 パールゥの嘘にならったように聞こえた言葉も、場が静まり返るのを恐れたゆえの勇み足だろう。

 この場を穏便おんびんおさめたい一心である。

 だが、



「何言ってるの、システィーナ。ライブの時間、マリスタに仕事なんてないよ」



 穏便な収束そんなものに興味のない桃色の少女が、若干じゃっかん一名。

 それも、



「ぱ……パールゥ、」

「ちゃんと確認しとかなきゃ。まあ、仕事があるなら私が代わってあげたけどね。せっかく許嫁いいなずけさんと一緒に行けるチャンスだもの、送り出してあげたいじゃない。ね、みんな」

『!?!?』



 これまで感じたことも無いほどの、頭のキレでもって。



 静観せいかんてっしていた八人が揃って口をパクパクさせている。

 あのリアとヴィエルナまでが言葉を失い、空気が決定的におかしくなる寸前まで硬直こうちょくし――――やがて全員、恐る恐るといった形で、首肯同意した。



 ……状況は見えている。

 見えているはずだ。

 なのに、目の前の景色には全く現実感が無く、ぼんやりとしている。

 知っている、これは動揺どうようが悪い方向に働いたときの――――「痛みの呪い」の前兆ぜんちょうだ。



 ……パールゥ・フォン。

 お前、



「いいよね、好きな人とライブなんて。――私も勇気出しちゃおうかな。アマセ君っ」

『!!!!!』

「私もチケットとるの、頑張ったんだ。よかったら一緒に……行かない?」



 ――お前、そういうことが出来る奴だったのか?



 手が震えてきた。気がする。

 いけない、このままでは――本当に発作が起こりかねない。

 くそ、本当に、なんて面倒な――――



 ――――すまん、マリスタ。



 差し出されたチケットを握る。



 びく、とパールゥの手がわずかに固まった。



「――――――」

「――――……」



 長い睫毛まつげが、揺れていた。



 奪うようにしてパールゥの手からチケットをもぎ取り、背を向ける。



「悪い、みんな。俺……今日はもう戻る」

「お、おいアマセ。お前大丈夫――――」

「エルジオ先生。マリスタ」

『!!!』



 パールゥの声が、背の向こうに響く。



「楽しんできてね。それじゃ、私も今日は帰るね。お疲れ様、みんな」



 マリスタは今、どんな顔をしているだろう。




◆     ◆




「……マリスタ?」



 サイファスの声に、マリスタがビクッと反応する。



「! ――は、はい」

「……大丈夫か、お前。すごく真顔」

「え、あ。ううん、何でも」

「……そっか。じゃあ今は深くはかない。また後でだな」

「――――あ、」



 サイファスの目が、マリスタがぶら下げた手に握る二枚のチケットへと移る。

 マリスタもそれに気付き、そのまま――――腕を上げ、チケットをサイファスへと差し出した。

 サイファスが口だけで小さく笑う。



「ありがとう。今日の夜だったっけ」

「………………うん。そうだよ。楽しみだね」

「ああ、そうだな。じゃあ、俺ももう行くよ。他の所にも挨拶あいさつに回らなくっちゃ」

「わかった。じゃあ、また後でね」



 最後に視線を残し、サイファスが去っていく。

 誰も何も発さず、マリスタを見る。

 マリスタは取り繕っていた表情をくずし、それら視線を意にも介さず――ただ、今しがた白い光を上げた転移てんい魔法陣まほうじんの方を、困惑のにじむ表情で見る。



 その視界にとらえるは、誰の背か。



「…………何なのよ。あんた」

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