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◆     ◆




 寮室りょうしつ鉄扉てっぴを閉めたパールゥの目を、涙が伝う。

 冷たい扉にもたれかかり、両手で胸を押さえてうつむくパールゥ。

 呼吸は嗚咽おえつのようにのどを鳴らし、涙は後からあとから服をらす。



 これまでの身の丈に合わぬ、立ち居振いふる舞い。

 どこからか感じる痛み。



「……はあ。はあっ……!!」



 それでも少女は、切なくほおを赤らめる。



 手にはチケット。

 一枚しかないライブチケット。



 それが嬉しくて、どこか辛くて。



「ッ……ヒぅっ……ぅ……わ、わた、し、は……!」



 嗚咽を押しとどめ。

 すがるように、少女はその意志を言葉にする。



「あなたが好きなの、ケイ君っ……」




◆     ◆




 自分でも、今何をしているのかよく解っていない。

 雑音と熱気と呪いで、思考が随分ずいぶん薄い。



 視界には見渡す限りの人、人、人。

 若者ばかりかと思えばそういう訳でもないらしく、教師や子どもの姿も見受けられる。



 プレジア魔法まほう魔術まじゅつ学校の前夜祭ぜんやさいは、プレジアの関係者だけが参加できるイベントだ。

 明日の学祭スタートからは外部の客が大勢入り、またクラスの出し物等で学生はほとんど自由に動くことが出来なくなるため、学生だけが楽しめるようにとの配慮なのかもしれない。

 そんな訳で、警備担当からも外されている俺は特に仕事も無く――――結局、流されるままにライブ会場入り口で、パールゥが来るのを待っているのだった。



 流されている時間には充実感じゅうじつかんも無ければ、今自分が確かに生きている実感さえ感じられない。

 それは俺の世界での生活で、嫌というほど経験してわかっている。



 それでも俺がライブに来ないという選択肢をれなかった――というより、採らなかったのは――俺に関係することで、マリスタがとばっちりを食らっているからだ。



 もしあいつが、あのままの流れで会場に姿を見せるというなら――せめて一言でもびなければ気が収まらない。

 これだけの人気なのだ。きっとチケットを取るのにも苦労したに違いないから。



 ……この一、二週間で、色々なことが起こり過ぎた。



 痛みの呪い。

 劇の稽古。

 迫るパールゥ。

 ギリートの謎。

「契約」の解消。



 そして俺は三日後……学祭が終わるまでに、ギリートに認められて情報を引き出さなければならない――



「……難儀なんぎだ」



 体が資本、とはよく言ったものだ。

 心身を満足に機能させられないというだけで、ここまで脳の働きがにぶるものだとは思わなかった。

 つくづく、厄介な呪いを押し付けて去ったナイセストを呪い返してやりたくなる。



 …………イカン。



 他人に当たるひまがあったら少しでも思考して行動しろ、おろか者。

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