3



 ――ようやく、テインツは自分の置かれた状況を理解する。



〝大切なのは、『自分の言葉には偏見へんけんがある』って、ちゃんと自覚していることだよ〟



「…………わるか」

「それとも何かしら。あんた達・・・・は、まだそういうの・・・・・から抜け出せてないってことなのかしらね」

「…………そういう風に言うなよ」

「は?」

「『あんた達』って。僕を、僕以外の誰か・・一括ひとくくりにして言わないでくれって、言ってるんだよ」

「……は?」



 薄暗うすぐらい空間。

 はるか頭上、天井でひらめいた光が、眉間みけんのしわを更に深くしたシータの顔に陰影いんえいを作り出す。



「ワケ分かんないこと言ってけむく気? 見下げ果てるわね風紀委員ふうきいいん

「だからっ、そうやって馬鹿にするのをやめてくれって言ってるんじゃないか」

「最初に私たちの作品を馬鹿にしたのはアンタじゃないのよっ。人に指摘する前にりをどうにかした方がいいんじゃなくって?」

「ッ………………、確かにそうだ、ごめん。君たちの作品を馬鹿にしたことは謝るよ。申し訳なかった」



 テインツは口を閉じ、腹の中からのぼたける怒りをおさえ込んで頭を下げた。

 シータが椅子いすに深く腰掛こしかけ、不機嫌ふきげんに腕を組む。



「もういいわよ。とりあえず、あなた見てると不快だから一旦いったん消えてくれるかしら。ご検閲ごけんえつだって済んだのでしょう」

「ちょっと待ってくれ。次は君が謝る番だ」

「……は?」

「は? じゃないだろ。君だって今、僕を馬鹿にした。それを謝ってくれないか」

「今イライラしてるから無理! 消えてって言ってるでしょ!」

「自分勝手すぎるだろそんなの!」

「あんたが作品を馬鹿にしなきゃよかった話でしょ!? 大体先に口出したのアンタなんだからその分の罪と罰があって当然でしょうが! 何を私でストレス解消しようとしてんのよなっさけない男!!」

「ストレス解消じゃないし男とか女とか関係ないだろ!! 偏見へんけんかたまりかよあんたは!」

「ハッッ特大ブーメランだわよ!! 私を偏見の塊呼ばわりする自分も偏見に満ち満ちてるって気付いてらっしゃるのかしらねぇ!?」



 光が、また弾ける。



 怒鳴り声も荒い呼吸も、少し離れたところにある喧騒けんそうに溶け、その一部となっていく。



 上下する肩だけが、自分の浅い呼吸だけが、言い争いの激しさを伝えた。



「…………大っ嫌い。アンタみたいな奴ッ」

「……また偏見だから、それ」

「リクツなんかどうでもいいわ。私は今をもってアンタが大嫌いになったっ。それだけで十分だわよっ」

「っ…………」



 ――自分の顔がゆがむのを、テインツは感じた。



 目の前の少女に対する怒りから、ではない。

 どうしてこんなことになってしまったのかという、苦しみからだ。



(――なんでだよ。こんなつもり、なかったのに。僕はただ、)



〝び、びーえる本売り場なんかがこのプレジア魔法祭に……〟



(――――その偏見へんけんを、自覚出来ていなかっただけなのに)



 胸を支配する苦しみにされ、テインツの中にあった溜飲りゅういんが下がり消えていく。

 少年が一方的に悪かったわけではない。

 少女が自分勝手であるのも悪いことだ。



 だがそれよりも、今少年の胸を支配しているのは――ただただ、むなしさだけで。



〝あなただけを責めても仕方のないことよね。忘れて。起きてしまった不幸の原因を探したって、ただ不毛なだけだもの〟



 誰かに言われたそんな言葉が、思い起こされて。



 その不毛にとらわれ苦しむのは、もう散々やったではないかとも思ったのだ。



(……そうだ。『どうしてこうなったのか』なんて、探すだけ無意味。今考えるべきはきっと、)

「いつまでダマってるつもりかしら? 論破ろんぱされて何も言えないのは解ったからさっさと消えてっていってるのが聞こえないのかしらねぇ、オーダーガードッ!」

「ありがとう」

「…………は? マジで何なのアンタ。気色悪いのだけど」

「いいから聞き流すだけ聞き流してくれ。俺の中の偏見へんけんを自覚させてくれてありがとう。今気付けてよかっ」

「ウザいウザいッ! 消えて! イライラするから! やめて!!」

「わかった、わかったよ。消える。消えるから。ごめんね本当に」

「消えてっ!! やめて!!」

「う、うん解った。じゃあ――――」



 シータの容量キャパさとり、とにかく今は去ろうとテインツが目線を外したとき。



 それ・・はようやく、テインツの目に認識にんしき出来た。



「――メ」



 静かに闇をまとった右手が、



「ルディネスさんッッ!!!!」

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