7

「私、ずっとケイ君に抱き着いてたでしょ?」



 丸眼鏡まるめがねの奥で悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべ、パールゥが言う。

 「ずっと抱き着いていた」、というのは恐らく劇中の、ユニアがゼタンとの戦いにおもむくクローネと抱き合ったシーンのことを言っているのだろう。

この笑みを見る限り、その行為こうい自体は何ら反省していないらしい。

全くこいつは。



「……もうああいったことは止した方がいい。その後の段取だんどりが全部狂うし、何より鬼監督おにかんとくが黙ってない」

「うん。もうしない。あれはやっぱり間違ってるって思うから」

「さっきも言ったな、『違う』って。何のことだ」

「うん。あれは――――ユニアの気持ちじゃないなって、思ったの」



 神妙な顔で、パールゥが俺の手を取る。

 されるがままに甘んじた。



「私は、自分をもっと見て欲しいから、君に触れる。ユニアだってきっとそうだと思った。だから、君を長く抱き締めてみたんだけど…………その時間が長くなれば長くなる程、『これはユニアじゃない』って、思っちゃったの。どんどん、私の中にあるユニアが小さくなって……私は、舞台ぶたいじょうでも私になっちゃってた、気がした。思い知ったの。ユニアが、どれだけクローネを――――タタリタを、想っていたか」

「…………タタリタを、か」

「私にはできない。私には理解できない。でも、それこそがユニアの愛で――――幸せだった。……ってことじゃないかな、って、思う。『幸せの形は一つじゃない』ってのは、どんな本にも書かれているようなありきたりな言葉だけど……その意味が、やっとちゃんと理解出来た気がするの」

「……そしてさっきの話に戻る、か」



 パールゥが俺の手から離した手を、そのまま自分の胸に置く。



「辛い、って、苦しいって伝えたよね、前に。あの言葉に嘘は無いよ。でも、その『辛い苦しい』だって、私の幸せなの。だから……勝手に幸せじゃないなんて、決めつけないで」



 ……どこか、りんとしてさえいるパールゥの瞳。

 俺はその顔を直視出来ずに、やや視線を落とす。

 彼女に、そんな顔をさせているのは――――辛さや苦しさを幸せだと言いえさせているのは、他ならぬ自分なのだ。



 もし、俺の両親が死んでいなければ。

 もし、俺にとってここが異世界でなければ。

 もし、俺が何の目的意識も無い、十把じっぱ一絡ひとからげな学生であったなら――――パールゥに、こんな顔をさせずに済んだのだろうか。



「…………もし、可哀かわいそうだって思ってくれるなら」

「え?」

「――私を、ほんのちょび~っとでも、あわれんでくれるなら!」



 急に声色を明るくしてうつむき、俺の肩をペシペシと叩きながらおちゃらけてみせたパールゥが、かすかにほおを染めて俺を見る。

 


「……明後日。学祭がくさい三日目の、最後の夜。私とデートして、ケイ君」

「――ああ、分かった。今度はちゃんと――」



 ――扉を破壊したような、激しい音と共に。



 楽屋の扉が、開け放たれた。




◆     ◆




「ッたくもー! あのバカ下僕げぼくは一体どこに行ったってのよ!!」

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