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 劇の会場から出るための列を全く無視し、人ごみの中をツカツカと歩く少女、ココウェル。

 押しのけられた人々は皆一様いちように不快そうな顔をするが、露出度ろしゅつどの高い彼女の服装と、当たり前のように列に割りり先へ進んでいくその高圧こうあつさとにされ、人々はごく自然に道をゆずってしまうのであった。

 無論、それらにもひるまぬ者は一定数いたが――――彼らもまた、ココウェルの後に続く黒い騎士きし、アヤメから放たれる圧に立ち尽くし、声をあげることもままならぬ。



「ココウェル。芝居しばいの後に役者が観客の出迎えをするのは、小さな芝居ではごく自然なことです。いちいち目くじらをたてぬよう。失礼しました」

「いちいち指摘してきしてくれなくてもけっこっって言う前から謝罪するの止めてくれる?!?!? 誠意せいい欠片かけらも感じられねーんですけど?!?!」

「バレないための配慮として対等に振舞っているまでです、ココウェル」

「チッ……都合よく使いやがって――あ?」



 ぶすくれた王女は、程無ほどなく客を出迎でむかえる役者達の列に出くわす。

 しかしどこを見ても、目当ての金髪の少年は見当たらない。



「おいアヤメ、このバカ。いねーじゃねーかあいつ」

「ですね」

「ですねじゃねーよ。このわたしに無駄足むだあしませたのかお前」

「私は『あいつ』の居場所など一度もかれてはいません」

「この…………おい貧乳ひんにゅう! ケイはどこ居んのよ!」



 目についた赤毛を、さも当然のように罵倒ばとうして呼ぶココウェル。

 しかし、



「すっっっごくよかったよぉぉおおマリスタぁああ!!!」

「わぷ、ちょ、パフィラあんたっ」

「みんなもそうおもうよなーーーっっっっ!」

『はァい!!!』

「ちょ、誰よこの人たちっ」

「ともだちー! ねんしょうの子もつれてきたー!!!」

『おもしろかったです!』

「わ、わ、こんな小さな子まで……ちゃ、ちゃんと話が分かったかなぁ??」

「いやーわからずとも伝わったと確信しますね私は。それ程にマリスタ、貴女あなたから感じられた熱量はすさまじかったですよ。素人目ですが圧巻あっかんの一言です。最後のシーンなど特に」

「な、ナタリーまで……いやぁ、ケイとかバディルオン君が上手いこと私をノせてくれたからだよー」

「あんなカスのような演技が何ですか、間違いなく貴女が一番でしたよ、そしてエリダが惜しくも次点じてんですね。お世辞でも何でもなく、これは次回以降の客入りは増えますね……しっかり座席を確保、かつ満員にして差し上げますからご安心くださいねっ。映像もバッチリ回すように報道委員ほうどういいん各位に厳命げんめいしておきますからっ☆」

「と、盗撮とうさつ勘弁かんべんしてね……」

「すっごくカッコよかったですっ、アルテアス先輩ーっ!」

「キャ、見て……近くで見たらアルテアス先輩いっそう美人……!」

『アルテアスさーんっっ!!』

「わ、ま、まったまった。あ、あくしゅは順番にっ……」

「・・・・・・ンの糞女くそおんな・・・・・・!!!!」



 射殺いころすようなココウェルの視線も、むらがるファン達にさえぎられたマリスタの元へは届かない。

 熱気をもって彼女を囲む衆目しゅうもくを、流石さすがのココウェルも蹴散けちらして進む力は無い。物理的に。



「届いてませんね」

「知ってるっつのクソ!!! いちいち言うなボケッ! ンなひまあったら探せッ!」

「いないみたいですね?」

「探せっつってんの!!!! ああもう、あ゛あ゛ーーー!!!! あのボケイーーー!!!」

「ボケとケイをかけたのですか。お見事ですがわかりにくいです」

「殺すぞおま――――」



 ドドン、と。



 不穏ふおんで大きな音が、その場の全員の耳に届く。



『!?』



 と同時に。

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