5




◆     ◆




 視線が外れる。白黒髪しろくろかみの男が歩き去っていく。



 肌で感じるほどくら魔波まはと瞳に、吐き気を感じた。



 いで伝う汗。

 早まる鼓動こどう

 呼吸を再開するはい



 俺はようやく、自分が安全な場所で生きていることを実感した。



「……りあう前に経験することが出来て良かったな、本当に」



 なんてひとごとが口を突く。

 それほどに、ナイセストの放つ魔波まはまされていた。

 ほんの余波よはだけで――相手を刺しつらぬき、致命ちめいしょうを与えられたと錯覚さっかくさせられた程に。



 果たして、あの赤髪の男でもこんなに殺気立った魔波を放っていただろうか。



「ナイセスト・ティアルバー……」



 目を閉じ、深く呼吸する。

 家族を奪ったあの爆発以来だ。こんなにも、何かを恐怖するのは。



 だけど、それでも俺は小さく笑う。



 恐怖を感じないわけではない。怖くないわけが無い。

 ただ、俺は――



「第四試合始めんぞ。早く中に入れ、ベージュローブ」

「はい!」



 ベージュローブの少年が、意気込み十分にスペースへ入る。



 それを迎えるのは、あの時と同じ・・・・・・たたずまいの少女。



〝――――手合わせ。してくれる? ケイ・アマセ君〟



 グレーローブの下に、動きやすさを重視した軽装けいそうと健康的な四肢ししたずさえた、内気で大人しそうな見た目からは想像も付かない戦いをする少女。



 例えばその圧倒的な強さに、地面から彼女をあおぎ見たことがあった。



 俺もいつか、こんな力が欲しいと求めて。

 相手を討ち倒してもなお、自然体でいる彼女に憧れさえ抱いて。



「そんじゃ第四試合、」



 鍛錬たんれんで何度も挑み、そしてその度に敗北した。



 何度挑んでも何度勝っても、奴はただ平静へいせいに、いつも通りに。



「義勇兵コース、グレーローブ。ヴィエルナ・キース。いくよ」



 決まってあの名乗り言葉で、戦闘を開始する。



「始めろ」



 二人が英雄の鎧ヘロス・ラスタングを発動する。



「!? ぁ――――」



 同時に、ヴィエルナはベージュローブの背後を取っていた。



 あの動きだ。



「くっ、う……うぁっ!!」



 音も無い瞬転ラピドで背後を取る。

 ビージ・バディルオンとの戦いで用いた戦法は、ヴィエルナの動きから着想ちゃくそうを得た。



「くそっ!」



 ベージュローブの少年が、何とか所有属性武器エトス・ディミ錬成れんせいしようともがいている。

 だがその距離は、ほぼほぼゼロ



「ぐあッ――!?」



 無手むての弾丸の、射程圏内しゃていけんない――――。



 闇雲に突き出された右腕。それを左手でつかんで下へとらし、ヴィエルナが右肩を少年のふところへ押し込む。

 回転の要領で両腕を時計周りに動かすと――――少年の体が彼女の背後に大きく回り飛んだ・・・・・



 その場で小さく跳び、二ステップ目で跳躍ちょうやく



 ゆるやかなを描きながら後転こうてんし、――真下、投げ出された空中で体勢を整えられずにいた少年をとらえる。

 当然、少年が振り返った地面にヴィエルナの姿は無い。



「!?――――が、ぁっ……!?」



 両足揃そろえた蹴り上げが、少年の後頭部、首の辺りをとらえる。

 爪先つまさきで首を打ち抜かれた少年が動かなくなり、蹴りの発した斥力せきりょくと重力によって地に叩き付けられる。



 ……というかあれ、延髄切えんずいぎりというやつでは。下手すれば死ぬぞ。

サラッとエグい攻撃を……。



 ……だが、見事だ。



 蹴り上げた足の勢いをそのままに更に数回後転し、危なげなく着地するヴィエルナ。

 少し体をかたむけながら、うつせに倒れた少年の意識の有無を確かめるため、「とてとて」という音が聞こえてきそうな足取りで歩み寄っていく。

 会場を、場違いな温かい空気が包んだ。



「そこは容赦ようしゃなく追撃するところだろ――まったく緊張感の無い」



 さっきの殺人的一撃はなんだったのか。



「かかったな!」



 少年が素早く体をひねり、魔弾の砲手バレットを連射。

 ヴィエルナは表情を変えずに小さく体を振り、直線軌道ちょくせんきどうを描く魔弾の砲手バレットかわす。

 紙一重かみひとえ弾丸を回避かいひし続けるヴィエルナの姿は、文字通り空中で人の手を隙間すきまり抜ける紙切れのよう。



 距離きょりが縮まる。



「く……そ……っ!」



 少年が魔弾の砲手バレットを打ち切り後退する。

 同時に手を横にかざし、風の所有属性武器エトス・ディミ錬成れんせい――



 ――弾丸が少年の視界をふさいだ刹那せつな、ヴィエルナが消える・・・



「ッ――瞬転ラピドかっ!」



 少年も流石さすが即応そくおうし、振り向きもせずに背後に風の剣を振るう。



 背後のヴィエルナがかがんでいるとも知らずに。



 屈んだ姿勢からスラリと細い足が伸び、少年の足をり取る。



「っ、っ??!」



 足を払われた少年が背後にかたむいていく。

 非常にゆっくりと感じられた少年の動き。

 その一動作の間に、ヴィエルナは足を刈ったまま一回転。

 足払いを支えた片足で小さくんで、



「ごボッ!??」



 ――倒れるベージュローブの脇腹わきばらに、強烈なりを叩き込んだ。



 吹き飛ぶ少年。

 ヴィエルナは先と打って変わり容赦ようしゃなく、



「終わり」



 瞬転ラピド超速ちょうそくを乗せたこぶしを、受け身を取って飛び起きた少年の鳩尾みぞおち深々ふかぶかと突き刺した。



「――とんでもないな、やはり」



 笑みもこぼれよう。

 これほどまでに鮮やかな体術連撃たいじゅつれんげきを目の当たりにさせられては。



「――――…………ぁ、」



 少年が、今度こそ地にす。



 心なしか、高みから見下ろす銀髪のアルクスが笑っているように見えた。



「――ジム・リオス戦闘不能。勝者、ヴィエルナ・キース」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る