6

「ふー」



 小さな口をすぼめ、切れてもいない息を整えているヴィエルナ。

 あれだけの試合をしておいて、よくもまあ。



 俺が死の恐怖にすくまない理由。



 それは彼女のような、常に憧憬どうけいを抱かせる存在が身近にあるからだ。



 俺の飽くなき希求ききゅうに応え得るだけの者が、いつもそばで――いや、少し上で待ってくれている。常に俺の先を行かんと、進み続けてくれている。

 それが、俺に恐怖を忘れさせてくれるんだ。



 スペースのヴィエルナと目が合う。

 能面のうめんの彼女が、少しだけ笑った気がした。

 決して多くない回数の鍛錬たんれんを共にしてきた中で、実はなかなか表情豊かなのだと分かった少女。



 この気持ちを好敵手ライバル――というのかは分からないが。

 悪くないこの思いを、持ち続けていられたらと思う。



 ヴィエルナがスペースを出ていく。



 ということは…………出そろった、か。



『一回戦が終わった。第二ブロックの連中はいったんトーナメント表に注目しろ』



 拡声かくせいされたトルトの声が響く。

 見ると、校長が広げていた巻物スクロールの対戦組み合わせ表から青白い光の玉が次々と飛び出し、障壁の解かれた無人のスペース中央で一体化、――――俺を含む、一回戦を勝ち上がった者達の名前を円形に、並べ浮かばせた。



「ケイ・アマセ。

ロハザー・ハイエイト。

ナイセスト・ティアルバー。

ヴィエルナ・キース。

……以上四名が二回戦――準決勝じゅんけっしょうに進出する」



 ――改めて、会場がざわめいた。



「――――…………」



 ――一つのブロックにつき、八名。



 一度勝ち上がれば、途端とたんに戦場は「準決勝」と呼ばれる場所になるのだと、今更ながらに思い至った。



 スポーツや武道ぶどうの経験はない。

 勝ち負けの世界で、生きた経験もない。



 俺の他に残っている者。

 グレーローブ。

 グレーローブ。

 ホワイトローブ。



 皆が皆、義勇兵ぎゆうへいコースで腕を磨いてきた手練てだれの見習いばかり。

 そして全員が、リシディア内でも有数の「血統書けっとうしょ付き」である、貴族きぞくであり、風紀ふうき委員いいん



「…………、」



 そんな中に、明らかに異質な人間が、ひとり。



 名はまったくの無銘むめい。義勇兵コース歴二ヶ月の、レッドローブ。

 その無銘むめいは風紀委員と事を構え、貴族に目の敵にされている。



 ひどく場違いで、これ以上無い程相応ふさわしい場所。



「……――――」



 こんなにも行きたかった、異世界ばしょ



『時間は巻いてるが、このまま準決勝を始めるぞ。……準決勝第一試合。ケイ・アマセ対、ロハザー・ハイエイト。第二試合、ナイセスト・ティアルバー対、ヴィエルナ・キース』



 ……観覧かんらんせきにいる人の数が、増えている気がする。

 いや。この二十四層そのものに人が増えているのか。

 観衆かんしゅうの注目を集めているのは、この第二ブロックで間違いない。



 分かり切ってはいたことだが、なんだかな。自分一人だけ、蚊帳かやの外にいるような気分だ。



 それも当然。この盛り上がりも、貴族と「平民」の対立も。どちらも俺にとっては、全くもっあずかり知らぬ他人事ひとごとでしかないからだ。



〝ケイ。お願い・・・



「…………」



 誰かの都合も彼女・・の願いも、知ったことではない。

 俺はただ俺のためにのみ戦い、血を流す。

 その為だけに、俺はこの異世界へと来たのだから。



「ケイ」

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