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 声。

 友人に体を支えられたマリスタが、救護きゅうごスペースから出てきていた。

 何人かいなくなっているが――恐らく、ナイセストの魔波まはを受けた影響ではないだろうか。



『さっそく第一試合を始める。ケイ・アマセ、そしてロハザー・ハイエイト。スペースに入って位置に付け』



 トルトの声。

 俺を差し置き、真っ先にめた顔になるマリスタ。

 どうしてお前がそうけわしい顔になるんだよ。



「……氷属性こおりぞくせいって、水属性みずぞくせいもとにして出来てるんだよね。ってことは、もしかして」

「やはり勉強が足らないな。氷は液体えきたいの水と違って、電気を通しにくい半導体はんどうたいだ。相性あいしょう優劣関係ゆうれつかんけいは生じない」

「……雷は、当たったときの衝撃がものすごいよ。感じたことない痛みが体中をかきまわすから。だから無――」

英雄の鎧ヘロス・ラスタング魔力回路ゼーレに十分な魔力を通していれば、体のしびれや痛みにある程度鈍感どんかんになれる。それはお前と奴との試合内容からわかった。それをおこたらずに立ち回るだけだ」

「……えっと。あと、」



 マリスタが下を向き、必死に言葉を探している。俺を引き留めるための言葉を。決して、俺を応援しに来た訳じゃない。

 それが解っているからこそ、マリスタを支えているエリダも、周りにいるシスティーナやシータも黙っているのだろう。全員気持ちは同じなようだ。



 怖い気持ちは理解出来過ぎている。

 本来なら付き合い必要のないこんな問答に応じてしまう辺り、俺の中にもロハザーとの一戦を避けたいという気持ちがあるのだろう。



「もう呼ばれてるんだ。マリスタ」



 だから、断ち切って行かなければ。



「行ってくる」

「――――……」



 ――直後、「行ってくる」などと言わなければよかったと、少し後悔した。

 戦地に特攻隊もう帰らない者を送り出す人は、あるいはこんな顔をしていたのかもしれない。

 そんな万感ばんかんを込めた表情のまま、マリスタは眉根まゆねを寄せる。



「死なないでよ。絶対生きて帰って。ケイ」



 ご丁寧ていねいに、そんな言葉までえて。



 大袈裟おおげさな、と思わないではない。

 小恥こはずかしい気持ちが無い訳ではない。

 だがおかげで再認識した。

 


 この場は俺にとって、試合会場ではなく戦場なのだと。



 死は常にかたわらに存在するのだと。



 マリスタの言葉を、誰も笑わない。

 あのナタリー・コーミレイパパラッチでさえ、マリスタの後ろで神妙しんみょうな顔をして、俺を見ている。

 その深い瞳は、俺の中にどうにか、恐怖の一欠片ひとかけらを何とか見つけてやろうとしているように、見えた。



〝まるで人を養分とする寄生虫きせいちゅう……私は、貴方のその在り方が恐ろしいのです〟



「…………」



 ……お前の目には、俺はまだ寄生虫のように映っているか。



 スペース入り口へ、目を向ける。

 改めて、呼吸を整える。



 行こう。




◆     ◆




「ヴィエルナ!」



 ロハザー・ハイエイトは、スペース出入り口でたたずむヴィエルナ・キースに駆け寄った。

 ヴィエルナは試合直後であるにもかかわらず平静そのもので、ロハザーの切迫せっぱくをにじませる声にもいつも通りの反応を見せる。

 ロハザーはいよいよ顔を険しくした。



「……タイミングが遅いんじゃねぇか? 棄権きけんするなら今だろ」

「棄権?」

「……『今の今まで考えてもいませんでした』って顔だな」

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