5

「小さかったころのこと。父さんに続いて、母さんまでがいなくなって、それで――――まだものも分からなかったあたしと兄貴あにきを、姉さんがずっと守ってくれたこと」



 エリダの切々せつせつとした目が、当惑とうわくするペトラの目の奥を見た。



「あのときのこと、少ししか覚えてないのよね。忘れたいのかな、路上で暮らしてた・・・・・・・・記憶なんて。母さんを失って、身寄りが無くなった途端とたんに家を追い出されて……姉さんだって十才にもならなくて、出来ないことの方が多かったはずなのに。それでも姉さんは弱音一つ吐かないで、あたし達を助けてくれた。変な人達に捕まったときなんか姉さん、なりふりかまわずおっさんたちに飛びかかってってさ」

「よしてよ。結果的にそのせいで、私はあんた達をしばらく置き去りに――――」

「でも命を救われた。姉さんの運動神経が飛び抜けてるのは知ってたけど、あれほどとは思わなかったわよ。男たちを滅多打ちにして、一人には死にかけるほどのケガさせて……確かに、王国おうこく騎士きしにつかまったときはもうダメかと思ったけど。まさかそこからも逃げてくるなんて」

「…………」

「でもそうやって、あたし達は姉さんに導かれてここにいる。ここで何不自由なく、同い年の友達とバカみたいなことして過ごせてる。今でもすっごい、すっっっごい感謝してんだからね。ホント。いくら感謝してもし足りないよ。…………あたしは、そんな姉さんを信じてるの。だから話した」

「――!」

「王国騎士にはならなかったけど、姉さんがアルクスに入った理由もわかってるつもり。今だって苦しいんでしょ、アルクスが一枚岩いちまいいわじゃないことが。そんなアルクスを変えられないことが」

「……エリダ、あんた」

わからないと思った? あたしだって色々知ってんだからね。姉さんがもう一人の兵士長のこと陰で脳筋アイツ・クソゴリラって呼んでるのッッったぁ?!!?」

「あんたね……それ本人に絶対言わないでよっ!?」

「言わないわよ!! あたしが疑われちゃうってンなことしたら!! ったたた……」

「っ……もう、ホントに」

「……あたしは、そんな姉さんの姿を今でも信じてる。……信じたい。そうやって、あたしたち・・・・・つながってる。だからあたし、姉さんにも……!」

「……………………はあ。あんたには助けられてばかりね」

「え?」

「今と同じような目を、昔あんたに向けられたことがあるの。さっき話した、私が男どもに飛びかかっていったときにね」

「ええ? や、あの時確かあたし、首められて気絶しちゃってたような……」

「覚えてないのも無理ないわ。あんたは私を助けてくれたのよ、エリダ。最後の男やられそうになったとき」

「そ、そこはフツー男『に』私『が』やられそうになるんじゃないの……?」

「野生の本能ってやつよ」

(ホントなるべくしてなってるわよね兵士長へいしちょうに……)

「とにかくそうして、私が男を殺そうとしてた時にあんたは……私の喉笛のどぶえに食らい付かん勢いで飛びついてきて、そして……」



〝ころしたらだめだよねえさん、ひとごろしはぜったいだめだよ!!!!〟



「そうやって、泣きながら私を止めてくれた」

「…覚えがないなあ……そんなのおぼえてそうなもんだけど」

「酸欠だったのか、その後すぐ気絶しちゃったから。その弾みで忘れちゃったんでしょうね。でも私はハッキリ憶えてる。今のあんたの目はその時にそっくり…………私を助けようとしてくれたときに」

「た、助け……ってこともないでしょ。男は全部姉さんが――」

「ううん、私は助けられた。おかげでこの手は、私怨しえんで人を殺してはいない。あんたが止めてくれたから、私は復讐ふくしゅうしゃにならずに済んだ」

「――――」

「……また助けられた・・・・・ね、あんたに――――一つだけ約束して、エリダ」

「! な――何!?」

「もし、その作戦が首尾しゅびよく動き始めても、エリダ……あなたは実働じつどう部隊ぶたいとしては参加しないで」



 ペトラの言葉に、エリダが一瞬輝かせた顔をみるみるくもらせる。

 責めるような目で、エリダは首を横に振った。



「ごめん姉さん。それだけは出来ない。あたしはもうとっくに当事者……ううん。当事者でなきゃいけないのよ」

「『なきゃいけない』?」

「うん。だってコレはプレジアの事件だから。襲われてるのは、あたしの友達だから。それにあたしだってもう……魔法使いのはしくれ・・・・だから」

「…………」

「アルクスじゃないけど、私にも私の義勇がある。許せないことがある。これはみんなでの戦いよ。でも同時に、あたしの戦いでもあるんだよ、姉さん!」

「…………っ」

「お願い姉さん、あたし達に協力して! 少しでも戦争になる可能性が少ない道を選ばせて! あたしは――――現在いまみんなリシディアを守って未来あしたに向かいたいの!」



 エリダが深く頭を下げる。

 ペトラは自分と背丈せたけの変わらない妹を見下ろし――――その視線を、更に下へと下ろしてつぶやいた。



「…………第十九層だいじゅうきゅうそう武器庫ぶきこのカギを開けておく。後でそこから運ぶといいわ」

「!! あ――――――ありがとうっっ!!!」



 空の薄暗い教室に大声を響かせ。

 エリダは足早に、ペトラの下を去っていった。

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