2
――――――何かが、聞こえた。
「!? お、おいテインツ。あいつ立ちやがったぞ」
「馬鹿な……身体強化も無しに、あれだけ
痛みも忘れ、顔を上げて周囲を見回す。
しかしどこを見ても、この演習スペースの周りで
……痛みによる幻聴か。いや、今のはそんな曖昧なものじゃなく――
「
きこえる。
聞こえやがる。
聞き違えようもない。この独特な、鈴を転がすような声。
「…………は」
魔女リセルの、声。
「はは……っ」
倒せ、だと。
見せてみろ、だと?
これだけ人を振り回しておいて――――まだ足りないっていうのか、お前は。
「――――いいだろう」
さてと。現状を確認しよう。
左肩、左腕は恐らく骨に異常がある。当てにはならない。
身体能力でも、もはや同じ生き物ではないくらいの差がある。相手には武器もある。
つまり、接近戦は絶望的。
痛み。考慮しない。
持ちうる武器。何もない。
スペックで劣る以上、真正面から競い合っても勝てる道理はない。
では、俺に出来ることは何だ?
奴に出来ないことは何だ?
〝ぶったまげるぜ、全く。『氷属性』……氷の
〝本当に珍しいことなのよ。応用五属性が
「……どういうつもりなの、それ。ねえ。アマセ君」
再び、険のある声色でテインツ。
俺は視界の中心にテインツを収め、両足でしっかりと立った。
「おいおい、早く止めろよザードチップ先生! あいつ、きっと頭がイカレやがったんだ。早く止めねぇと何するか分かんねぇぞ!」
「やっぱやるつもりなのかよ……おい、こればっかは言う通りだぞ、アマセ。お前さんもうボロボロじゃねぇか、今すぐそっから出てこい。命令だぞ、アマセ」
相変わらず気だるげなトルトの声を無視し、テインツの目を
「……あぁ、分かるよ。僕にやられ放題やられてキレてるんだろ。器の小さい男だね、君って。感情に任せて動く最底辺の男……怖いなぁ。守るものが何もない奴ってのは後先考えずに行動するから。――僕としては殺されないように
テインツがひりつくような笑みを見せ、再び
…………精々見ていろ。魔女。
「1年じゃなかったね。あの日から3日足らず、君の命はここで…………何やってるの? それ」
声を無視し、胸の前で両手の指先をそれぞれ重ねる。
イメージは
「――――」
イメージしろ。
お前は今、両手に「魔石」を持っている。
「だから――何をやってんのさ君はッ!」
テインツが迫る。――ことを認識してから動くのでは、遅すぎる。
奴が動く。その
振り返ると、運よく――本当に運がよかっただけだ――奴は真っ直ぐ、数秒前まで俺がいた場所へと突っ込んでいた。同じく振り返ったテインツと目が合う。
その目に再び、怒りが
「集中してないと難しいか……」
覚えたての技術だ。やはりそう都合よくいかない。
「……まぐれだよ。調子に乗らないでもらいたいね!」
顔を怒らせながら再び接近するテインツ。もう
「グッ!、、!、? あ――――ガ――――!!」
「
現状打開、方法は、――――
「さあ、終わりだアマセ君。君はその存在で我々を
――――ひとつ。
「〝鎧の乙女、純潔の戦士よ。その
「!?―――― お前っ」
少々間違えたか。だが――
「バレット」
――――――――全身の痛み、そして
耳が遠のく衝撃、吹き飛ぶ体。なんとか両足を地に落ち着け、すぐさま魔力を集めにかかる。
「ぶあっ……っ、アマセ、お前ェッ!!」
テインツの声。だが集中は切らさない。
俺に出来て、お前らに出来ないこと。それは――「無様な失敗」だ。
バレットの暴発による煙が晴れ、テインツを
俺を見て、テインツはますます顔を怒らせた。
「貴様……何なんだよ一体そのポーズは。調子に乗りやがって!!」
「俺に出来る『最善』をやってるだけだ。それに、調子に乗ってたのはお前だろう。魔法を使えないからと油断し過ぎじゃないのか。そして教師が来てから
「この………………!!!」
「この能無し」。
その言葉を飲み込み、テインツはそれだけ口にした。
「遊びは終わりだ……!」
テインツが
「遊びは終わりだと言っただろ!」
「ぉ……ご、ほっ……!」
酸素が全て口から叩き出され、
だが――
「……ああ。やっとわかったよ。そうだよね、君みたいな魔法を使えない奴がやれる魔法的動作なんて、
水を得た魚のように活き活きと俺を
ともあれ――今度は
「……よくできました。それで? そんなもの作ってどうしようっていうの?」
テインツが笑う。俺の手の中では、拳程の大きさの光――淡い水色の魔力が輝いていた。
足が震える。これまでのダメージも手伝い、それだけで
「…………」
……俺は魔力を精製したままガクリと片膝を付き、
「限界? でもそりゃあそうだよね。君は知らなかったかもしれないけど、魔法は
案の定、
俺は更に「くっ」と悔しそうに
「まだ続けるのかよ……そんなことしたって無駄なんだよアマセ君。どこまで集めても魔力は魔力だ。魔法に変換することの出来る
――それはお前達魔法世界の住人なら、の話だ。
お前らのように、生まれたころから魔法に接してきた人間にとっては、魔力を集めたり、属性を確かめたりするのも造作もないことだろう。
〝これ砕くと手も砕けかねんですかねぇ〟
だからこそ、テインツ。お前は知り得ない。
〝凍結の深度が分からない以上、下手に砕くのは危険だと思います〟
一瞬で急激に放出、
テインツの影が俺を
――そうでなくては困る。
「終わりだよ、能無しの『平民』。安心して、今……二度と
失敗の
魔力を全力で放出、両手の中に押し込め続け、圧力を維持しつつ――すでに手の平に断続的な痛みを与え始めている氷の魔力を――両腕を上げ、目の前のテインツへとかざす。
……はて。俺はどこかで、このポーズを見たことがある気がするな。
ああ、わかった。
何を考えてるんだかな、俺は。こんなときに。
「…………カメハメハ」
魔力が弾け、輝く。
空気を
テインツの
記憶した限りでは、凍結の範囲は魔力の発生源から三十センチ四方ほど。つまりあの時と同じように、こうして魔力の発生源を手元から目一杯離しておけば、この手以外が被害を受けることはない。
逆に、近ければ――
「!!? お、おいテインツ!? テインツ!!」
ビージと呼ばれていた大柄な男が叫ぶ。直立不動のままよろけ、真後ろに倒れるテインツは――――胸から上を、顔まで巻き込まれるようにして、氷で覆われてしまっていた。
「ッ……!」
突如、俺の体からも力が抜け落ちる。
脱力感。しかし熱く
ベシャリ、と目の前に赤い花が咲く。
それが吐血という現象だと、自分が血を吐いたのだと、じわりじわりと理解が広がった。
――ガシャン、と。
聞き慣れない音が、
眼前に、氷の破片が飛んできた。
その意味を理解した時には、
「限界を超えて魔力を使えば、当然そうなる。そんなことも知らないのか、
声と共に、俺は頭を正面から
グン、と後ろに引っ張られる体。引っ張られるままに動く頭。そして――――後頭部に、感じたことがないほどの衝撃と熱を受けた。
「この――――――最底辺の無能
「!、?、?、、ァ……――!!!!」
視界が揺れる。
視界が揺れる。
「舐めるな舐めるなナメるな!!!!! 貴族ですらない
後頭部。
後頭 部が、
割れる。血が、
血が、しぶき頭が、われる。
「誰に!!!!!! 向かって!!!!!!! 誰に!!!!!!!!!!!」
あたまが、かち、われ、
「死ね――――死ね!!!!!!!!!!! 死n――――――、」
「
……やつの手から、かい放される。
こうか不幸か左かたの激つうが、俺に意識を失うことを許さなかった。
肩へと、未だとうけつの痛みが残る右手をあてがい、うなだれる。首筋を、手とは打って変わって生温かい液体がおびただしい筋を描いてしたたってくるのがわかる。
割れている。
頭が割れている。
…………死ぬ?
「が、は――――ティ、ティアルバー、さん」
「何をやっているんだ、お前は。仮にも貴族の身の上でありながら、こんな力のない者を
「!!!!!!??!!?! で――ですが、ティアルバーさん。こいつは、」
「更にお前は風紀委員だ。力を持つ者が、権力と実力にあかせて
「あ――あ――――あぁあ……!!!?!?!!?!?!」
聞いたこともない絶望を
ナイセストの横へやって来たソフトモヒカンの少年が、テインツの腕から風紀委員のものらしい
「テインツ・オーダーガード。これまでを
「あ……あああああ!!!!!! すみません、すみません!! 待ってください、話を聞いてくださいっ! 離せ――離してくれっ! 頼む、頼むからどうか、家族だけは……家族だけはっ!!! ティアルバーさん、ティアルバーさん!!!!!!!!」
同じく風紀委員の腕章をしていた者に連れられ、テインツは消えた。
「…………」
「ヴィエルナ、ロハザー。そいつを介抱してやれ」
「……解った」
「了解っす! おいコラ、とっとと立ちやがれ金髪レッドローブ!」
いつか誰かが言っていた。
貴族制度は、既に
「……大丈夫?」
「大丈夫なワケねぇだろ。おいビージ、お前先に行って医務室の先生に話通しといてくれ」
「お、おお……分かった」
……では、何か。
俺は今、
「構成員の非道を
これが貴族制度の
「世界がどんなに形を変えようが、リシディアという国が我々貴族の力によって成り、今もまだ形を成している事実に変わりはない。
切れ長の目でこちらを見下ろしながら、ホワイトローブの白黒頭が言う。
俺は遠くなる意識を必死でつなぎとめながら、その目を見返すだけで精一杯だった。
両側から体を持ち上げられ、転移魔法陣に乗せられる。肩の
転移のわずかな揺れにも吐きそうになる状態のまま、どこかの扉が開く。
もはや前さえまとも見れず、両側にいるはずの二人の声さえ遠い。
「パーチェ先生。
「あら――い、一体何があったのこれ!? どうしたらこうなるのよ」
「こいつが魔法使えねぇからっすよ」
「ロハザー」
「いて、いて。分かったって」
「後頭部が
「うっす」
「承知です」
灰色のローブをはためかせ、去っていく二人。俺はとうとう耐えられず、目の前にいるパーチェと呼ばれた医務室の女性にもたれかかってしまった。
そのふわりとした衝撃で、ついに意識は途切れ落ちた。
◆ ◆
「…………ちゃんと見てたぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます