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 ――――――何かが、聞こえた。






「!? お、おいテインツ。あいつ立ちやがったぞ」

「馬鹿な……身体強化も無しに、あれだけらっておいて」



 痛みも忘れ、顔を上げて周囲を見回す。

 しかしどこを見ても、この演習スペースの周りで模擬戦もぎせんをやっていた連中が、恐々こわごわとこちらを見てる様子しかうかがえない。

 ……痛みによる幻聴か。いや、今のはそんな曖昧なものじゃなく――



      見せてみろ。     お前の力を



 きこえる。

 聞こえやがる。

 聞き違えようもない。この独特な、鈴を転がすような声。



「…………は」



 魔女リセルの、声。



「はは……っ」



 倒せ、だと。

 見せてみろ、だと?



 これだけ人を振り回しておいて――――まだ足りないっていうのか、お前は。



「――――いいだろう」



さてと。現状を確認しよう。

 左肩、左腕は恐らく骨に異常がある。当てにはならない。

身体能力でも、もはや同じ生き物ではないくらいの差がある。相手には武器もある。

つまり、接近戦は絶望的。

痛み。考慮しない。

持ちうる武器。何もない。

スペックで劣る以上、真正面から競い合っても勝てる道理はない。

では、俺に出来ることは何だ?

奴に出来ないことは何だ?



〝ぶったまげるぜ、全く。『氷属性』……氷の所有属性エトスなんざ、滅多に聞かねぇぞ〟

〝本当に珍しいことなのよ。応用五属性が創生淵源パトスとして顕れたなんて、私は聞いたことさえないもの〟



「……どういうつもりなの、それ。ねえ。アマセ君」



 再び、険のある声色でテインツ。

 俺は視界の中心にテインツを収め、両足でしっかりと立った。



「おいおい、早く止めろよザードチップ先生! あいつ、きっと頭がイカレやがったんだ。早く止めねぇと何するか分かんねぇぞ!」

「やっぱやるつもりなのかよ……おい、こればっかは言う通りだぞ、アマセ。お前さんもうボロボロじゃねぇか、今すぐそっから出てこい。命令だぞ、アマセ」



 相変わらず気だるげなトルトの声を無視し、テインツの目をぐに見つめ、そして思い出す。あの赤髪の男の視線を。雨の中で俺に刃を向けた男子の目を。



 殺気を宿して奴を見ろ・・・・・・・・・・



「……あぁ、分かるよ。僕にやられ放題やられてキレてるんだろ。器の小さい男だね、君って。感情に任せて動く最底辺の男……怖いなぁ。守るものが何もない奴ってのは後先考えずに行動するから。――僕としては殺されないように正当防衛せいとうぼうえいに出て、殺される前に君を殺す・・・・・・・・・・しかないよね?」



 テインツがひりつくような笑みを見せ、再び鉄剣てっけんを抜く。覚えのある風が演習スペースに吹き、互いの戦意を高揚こうようさせる。



 …………精々見ていろ。魔女。



「1年じゃなかったね。あの日から3日足らず、君の命はここで…………何やってるの? それ」



 声を無視し、胸の前で両手の指先をそれぞれ重ねる。

 イメージは容易よういだ。先程まで数十分、ひたすらこの作業だけを繰り返してきたのだから。



「――――」



 イメージしろ。

 お前は今、両手に「魔石」を持っている。

 魔素まそ魔力回路ゼーレを意識し、魔力を練り、この手に魔力を顕現けんげんさせる――!



「だから――何をやってんのさ君はッ!」



 テインツが迫る。――ことを認識してから動くのでは、遅すぎる。

 奴が動く。そのカンだけを頼りに、全力で違う場所へと駆ける。

 振り返ると、運よく――本当に運がよかっただけだ――奴は真っ直ぐ、数秒前まで俺がいた場所へと突っ込んでいた。同じく振り返ったテインツと目が合う。

 その目に再び、怒りがともったように見えたところで――ようやく、手の中に意識していた魔力の流れが止まってしまったのが体感できた。



「集中してないと難しいか……」



覚えたての技術だ。やはりそう都合よくいかない。



「……まぐれだよ。調子に乗らないでもらいたいね!」



 顔を怒らせながら再び接近するテインツ。もうわずかだけ時間を稼げれば――



「グッ!、、!、? あ――――ガ――――!!」

英雄の鎧ヘロス・ラスタングで強化した速度だ。常人じょうじんがどんなに早く動いたところで無駄なんだよ!」



刹那せつな思考の間に、俺は胸倉むなぐらつかみあげられ、両足が床を離れていた。

 現状打開、方法は、――――



「さあ、終わりだアマセ君。君はその存在で我々をいちじるしくおとしめた、その罪には相応の罰を――!」



 ――――ひとつ。



「〝鎧の乙女、純潔の戦士よ。その勝鬨かちどき残滓ざんしわれ与えたまえ〟」

「!?―――― お前っ」



 少々間違えたか。だが――



「バレット」



 ――――――――全身の痛み、そして渾身こんしんの力でもって顔面を枕ではたかれた時のような、強烈な眼圧がんあつを感じた。

 耳が遠のく衝撃、吹き飛ぶ体。なんとか両足を地に落ち着け、すぐさま魔力を集めにかかる。



「ぶあっ……っ、アマセ、お前ェッ!!」



 テインツの声。だが集中は切らさない。



 俺に出来て、お前らに出来ないこと。それは――「無様な失敗」だ。



 バレットの暴発による煙が晴れ、テインツをとらえる。先のバレットの衝撃で落としたのか、剣を持っていない。

 俺を見て、テインツはますます顔を怒らせた。



「貴様……何なんだよ一体そのポーズは。調子に乗りやがって!!」

「俺に出来る『最善』をやってるだけだ。それに、調子に乗ってたのはお前だろう。魔法を使えないからと油断し過ぎじゃないのか。そして教師が来てから随分ずいぶん悪口あっこうが減ったじゃないか。教師の前では、流石さすがの貴族様もえらそうには出来ないか。とんだ食わせものだな」

「この………………!!!」



 「この能無し」。

 その言葉を飲み込み、テインツはそれだけ口にした。



「遊びは終わりだ……!」



 テインツがすごむのを見て、再び走り始める。一か所に留まるな、動き続けて――――



「遊びは終わりだと言っただろ!」



 胴体どうたいを突き抜ける衝撃。――を感じた時には、蟀谷こめかみから脳をつらぬく更に巨大な衝撃。瞬間見えたテインツの姿勢から、二発のパンチであったことが知れた。吹き飛ぶ体をひねり、怪我けがをしていない右肩から地面に転がる。



「ぉ……ご、ほっ……!」



酸素が全て口から叩き出され、鳩尾みぞおちを思い切り突かれた衝撃で呼吸も覚束おぼつかない。

 だが――



「……ああ。やっとわかったよ。そうだよね、君みたいな魔法を使えない奴がやれる魔法的動作なんて、魔力を集めるそのていどしかないよね! うっかりしてたよ!」



 水を得た魚のように活き活きと俺をおとしめるテインツ。その必死さは貴族としての矜持プライドゆえなのか。



 ともあれ――今度は完成・・した。



「……よくできました。それで? そんなもの作ってどうしようっていうの?」



テインツが笑う。俺の手の中では、拳程の大きさの光――淡い水色の魔力が輝いていた。

 足が震える。これまでのダメージも手伝い、それだけで最早もはや立ってすらいられない。



「…………」



 ……俺は魔力を精製したままガクリと片膝を付き、項垂うなだれてみせた。



「限界? でもそりゃあそうだよね。君は知らなかったかもしれないけど、魔法は正規せいきの手順を踏まずに発動すると魔力を必要量の倍以上、持っていかれちゃうんだ。しかも魔法が発動する座標ざひょうは解らない、威力も術の方向・範囲もコントロールできない。力押し、魔力頼みの適当な戦い方は出来ないってことさ。僕に一矢報いっしむくいたつもりだったんだろうけど……君の戦い方は下の下だよ」



 案の定、饒舌じょうぜつさを取り戻しながら、勝ち誇った声が近付いてくる。

 俺は更に「くっ」と悔しそうにうなってみせ、集まった魔力へと――――更に魔力を集中させる。



「まだ続けるのかよ……そんなことしたって無駄なんだよアマセ君。どこまで集めても魔力は魔力だ。魔法に変換することの出来る呪文ロゴスを知らなくちゃ、どれだけ集めたって毛ほども役に立たないんだよ!」



 ――それはお前達魔法世界の住人なら、の話だ。

 お前らのように、生まれたころから魔法に接してきた人間にとっては、魔力を集めたり、属性を確かめたりするのも造作もないことだろう。



〝これ砕くと手も砕けかねんですかねぇ〟



 だからこそ、テインツ。お前は知り得ない。



〝凍結の深度が分からない以上、下手に砕くのは危険だと思います〟



一瞬で急激に放出、許容量きょようりょうを超えて圧縮あっしゅくされた魔力が、どんな事態を引き起こすのか。



 テインツの影が俺をおおう。顔が目に浮かぶな。

 ――そうでなくては困る。



「終わりだよ、能無しの『平民』。安心して、今……二度と義勇兵コースここへは戻れないようにしてあげるからさ――――!」



 失敗の賜物たまものをくれてやろう。テインツ・オーダーガード。



 魔力を全力で放出、両手の中に押し込め続け、圧力を維持しつつ――すでに手の平に断続的な痛みを与え始めている氷の魔力を――両腕を上げ、目の前のテインツへとかざす。



 ……はて。俺はどこかで、このポーズを見たことがある気がするな。



 ああ、わかった。

 何を考えてるんだかな、俺は。こんなときに。



「…………カメハメハ」



 魔力が弾け、輝く。

 空気をつんざく高い音、次いで襲う鋭く冷たい痛み。

 テインツの驚愕きょうがくさえ飲み込んだ魔力の暴発は予想通り弾け飛び、俺達を巻き込んで空間を凍結とうけつする。

 記憶した限りでは、凍結の範囲は魔力の発生源から三十センチ四方ほど。つまりあの時と同じように、こうして魔力の発生源を手元から目一杯離しておけば、この手以外が被害を受けることはない。

 逆に、近ければ――



「!!? お、おいテインツ!? テインツ!!」



 ビージと呼ばれていた大柄な男が叫ぶ。直立不動のままよろけ、真後ろに倒れるテインツは――――胸から上を、顔まで巻き込まれるようにして、氷で覆われてしまっていた。



「ッ……!」



 突如、俺の体からも力が抜け落ちる。

 脱力感。しかし熱くたぎってくる体。床にかがみ、この滾りが精神的なものでないことに気付いた時には――俺は、その熱を口から外に吐き出してしまっていた。

 ベシャリ、と目の前に赤い花が咲く。

 それが吐血という現象だと、自分が血を吐いたのだと、じわりじわりと理解が広がった。



 ――ガシャン、と。

 聞き慣れない音が、うつむひざを付く俺の正面で鳴り響く。

 眼前に、氷の破片が飛んできた。

 その意味を理解した時には、


「限界を超えて魔力を使えば、当然そうなる。そんなことも知らないのか、能無し・・・



 声と共に、俺は頭を正面から鷲掴わしづかまれた。



 グン、と後ろに引っ張られる体。引っ張られるままに動く頭。そして――――後頭部に、感じたことがないほどの衝撃と熱を受けた。



「この――――――最底辺の無能くず『平民』がァァァッッ!!!!」

「!、?、?、、ァ……――!!!!」



 視界が揺れる。

 視界が揺れる。

 眉間みけんから、眼球から、衝撃が、突き抜ける。



「舐めるな舐めるなナメるな!!!!! 貴族ですらない低俗ていぞくな人種がっ!!!」



 後頭部。

 後頭   部が、

 割れる。血が、

 血が、しぶき頭が、われる。



「誰に!!!!!! 向かって!!!!!!! 誰に!!!!!!!!!!!」



 あたまが、かち、われ、



「死ね――――死ね!!!!!!!!!!! 死n――――――、」

大概たいがいにしろ。テインツ・オーダーガード」



 ……やつの手から、かい放される。

 こうか不幸か左かたの激つうが、俺に意識を失うことを許さなかった。

 肩へと、未だとうけつの痛みが残る右手をあてがい、うなだれる。首筋を、手とは打って変わって生温かい液体がおびただしい筋を描いてしたたってくるのがわかる。



 割れている。

 頭が割れている。



 …………死ぬ?



「が、は――――ティ、ティアルバー、さん」

「何をやっているんだ、お前は。仮にも貴族の身の上でありながら、こんな力のない者を激昂げきこうしいたぶって……低劣ていれつにも程がある。恥を知れ」

「!!!!!!??!!?! で――ですが、ティアルバーさん。こいつは、」



 かすむ視界に、地べたに尻もちをつき、すがるようにその人物を――ホワイトローブのナイセストを見上げるテインツが映る。



「更にお前は風紀委員だ。力を持つ者が、権力と実力にあかせて私刑しけいを行うなど言語道断。お前のそれは誇りなどではない。ただの思い上がりではないか、恥晒はじさらしが。お前は今、貴族と風紀委員、その名を背負う全ての者に泥を塗ったんだ」

「あ――あ――――あぁあ……!!!?!?!!?!?!」



 聞いたこともない絶望をはらんだ声で、テインツが鳴く・・

 ナイセストの横へやって来たソフトモヒカンの少年が、テインツの腕から風紀委員のものらしい腕章わんしょうぎ取った。



「テインツ・オーダーガード。これまでをもって、貴様の風紀委員の任を永久に解く。加えて私刑を行った罰則により、風紀委員会がお前を拘束こうそくする。抵抗するな――貴様の一族郎党いちぞくろうとうのことを思うのならな」

「あ……あああああ!!!!!! すみません、すみません!! 待ってください、話を聞いてくださいっ! 離せ――離してくれっ! 頼む、頼むからどうか、家族だけは……家族だけはっ!!! ティアルバーさん、ティアルバーさん!!!!!!!!」



 同じく風紀委員の腕章をしていた者に連れられ、テインツは消えた。



「…………」

「ヴィエルナ、ロハザー。そいつを介抱してやれ」

「……解った」

「了解っす! おいコラ、とっとと立ちやがれ金髪レッドローブ!」



 いつか誰かが言っていた。

 貴族制度は、既にすたれた制度であると。例外はあるにしろ、そんなものに縛られている者は少ないと。



「……大丈夫?」

「大丈夫なワケねぇだろ。おいビージ、お前先に行って医務室の先生に話通しといてくれ」

「お、おお……分かった」



 ……では、何か。

俺は今、どんな異世界・・・・・・を見ているんだ?・・・・・・・・



「構成員の非道をびよう、転校生の『平民』。だが、お前もよく考えて行動することだ」



 これが貴族制度の隆盛りゅうせいでなくて何なんだ。

 腐敗ふはいでなくて何なんだ。



「世界がどんなに形を変えようが、リシディアという国が我々貴族の力によって成り、今もまだ形を成している事実に変わりはない。風紀委員会おれたちはそれを教える為にここにいる――――わきまえて行動しろ。世間知らずは許容しよう、だが身の程知らずは始末に負えん。我々の施しなしに、お前達『平民』がこのリシディアで生きられる場所など本来存在しないのだと、よく覚えておけ」



 切れ長の目でこちらを見下ろしながら、ホワイトローブの白黒頭が言う。

 俺は遠くなる意識を必死でつなぎとめながら、その目を見返すだけで精一杯だった。



 両側から体を持ち上げられ、転移魔法陣に乗せられる。肩の怪我けがなどお構いなしなソフトモヒカン――ロハザーと、こわごわとした手つきから人並みの気遣いは伝わる黒髪――ヴィエルナ。対照的な二人だった。

 転移のわずかな揺れにも吐きそうになる状態のまま、どこかの扉が開く。

 もはや前さえまとも見れず、両側にいるはずの二人の声さえ遠い。



「パーチェ先生。急患きゅうかん

「あら――い、一体何があったのこれ!? どうしたらこうなるのよ」

「こいつが魔法使えねぇからっすよ」

「ロハザー」

「いて、いて。分かったって」

「後頭部が随分ずいぶん大きく裂けてる。打撲だぼくあとも酷い……でも、子細しさいは後ね。まずは治療するわ、ちょっと集中するから、二人は出ていて。もう大丈夫だから。様子を担当の先生に報告して」

「うっす」

「承知です」



 灰色のローブをはためかせ、去っていく二人。俺はとうとう耐えられず、目の前にいるパーチェと呼ばれた医務室の女性にもたれかかってしまった。



 そのふわりとした衝撃で、ついに意識は途切れ落ちた。




◆     ◆




「…………ちゃんと見てたぞ。

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