第7話 襲い来る、種火は今宵のろしを上げる

1

「ナイセストさん!」

「お待ちしてました!」



 グリーンローブの少年少女たちが、羨望せんぼうのまなざしで演習スペースを譲る。

 そこに入ったホワイトローブのナイセスト・ティアルバーと、グレーローブのロハザー・ハイエイト、ヴィエルナ・キース。彼らは腕につけた、魚を捕らえる熊のエンブレムが刺繍ししゅうされている腕章を外し、軽い準備運動を始めた。



「ったく、マジで空気読めねぇよな。あのザードチップとかいう教員」

「ロハザー。私達は生徒の模範」

「わぁーってるよ。『ザードチップセンセイ』。ケッ、ちょっとええからって調子に乗りやがって」

「どっちが」

「だぁっ! お前はどっちの味方なんだよヴィエルナっ」

「どっちも」

「あいつは誰だ?」



 ナイセストの言葉に、二人がぴたりと会話を止める。

 ナイセストの言う「あいつ」が誰なのか、二人には分かりかねたからだ。



「あいつって……誰?」

「……もしかして。ザードチップ先生の横にいた、男子?」

「見たことがない。転入か」

「ああ! 確かにひとつ、風紀委員会ウチの機密文書類に生徒情報が追加されて……確かケイ・アマセっつったっけ?」



 ロハザーが、今朝方風紀委員室に届いていた書類を思い出しながら言う。



「外国人?」



 ヴィエルナが腕のストレッチをしながらたずね、先ほど見た圭の姿を探す。彼女は程なくして、地面に座り込んでいる圭をとらえた。

 圭は地面に座り込み、ただひたすらに、魔石玉の中の水色の光を吸収し続けている。

 圭がリシディアにやって来た経緯けいいを知らないヴィエルナは、彼の行為に何の意味も見いだせなかったが――水色の光を見て、彼の所有属性エトスは氷なのだ、と、心の中で少しだけ驚いた。

 少なくとも彼女にとって、氷の所有属性エトスの持ち主に出会うなど初めてのことである。

 しかしロハザーは気付かず、ナイセストは気付いた上で何の興味も示さなかった。



「さあ? 知らね。アマセ家なんて聞いたこともねぇから、きっと貴族じゃねぇんだろ。だったらただの『平民』だ、ンなその他大勢どうでもいいや」

「ロハザー、軽視」

「うっせーカタコト女」

「む。傷ついた」

「いてててっ、いて、いてぇって! 不当な暴力は規律違反だぞ!」

「精神的苦痛は人間違反」

「……貴族ではない、か」



 騒ぐ二人を置き、ナイセストが目を閉じる。それは彼にとっていつもの精神統一の作業であったが、今回はその静かな作業に、一つの思考がよぎっていた。



(ケイ・アマセ……随分とかわいた目をした男だ。あわれだな)



 それきり興味は完全に失せ、ナイセストは自らの鍛錬にぼっしていった。




◆     ◆




 単純に考えるなら。

所謂いわゆる「強い魔法使い」になるためには、RPGでいう「魔力MP」を増やしたり、新しい魔法じゅもんを覚えたりすればいい。

 だが、それら習得には様々な段階や要素がある。流石さすがに、経験値を稼いでレベルアップすれば、というようにはいかない。



 まず魔力を増やす作業だが、これは現時点では俺には全くり方が分からない。トルトが教えてくれそうもない以上、別の者に聞くか、教本から魔力に関する記述を見つける必要がある。――――だが、こうして魔力を出し入れしていて、色々と収穫もあった。

 もちろんひとつは、トルトも言っていた俺の限界、そして「魔力切れ」の感覚だ。

 そして、もうひとつは――



「ッ――――」



 こうして魔力を出し入れしていて、俺のどこかがきしむような痛みをあげている。敏感な場所に触れられた時のような、ひどい筋肉痛の痛みのような、そんな感覚。

 今俺がしていることは、魔力を出し入れすること――であれば、俺が今痛みに似た感覚を覚えている体内器官は、きっと魔力回路ゼーレなのだろう。

魔力回路ゼーレをしっかりと意識できたおかげで、「魔力を使う」という感覚がはっきりと解るようになってきた。

 といっても、別に目新しい感覚でもなかったが。手を握り締めて、血管を潰すように手首を握り、手を開いて離すと血が手に通っていく感覚を得ることが出来るが、魔力の流れる感覚はこれに近いものがある。



 一つずつ、出来ることが増えていく。

 まだまだ情報も鍛錬たんれんも不足しているが、ひとまずはこの調子だ。

 この作業を終えたら、次は――



 不意に、ローブのフード部分を後ろから引っ張られた。



「!?」



 仰向けに倒れ、尻を打ち付ける。

 見上げる視界には、テインツ・オーダーガードと――俺を引っ張り倒したらしい、大柄な男が立っていた。どちらも、ランク付けで言うと真ん中の色、ベージュローブを着ている。



『よう。「平民」』



 大柄な男が、ニヤついた笑顔で何かを言ってくる。それが俺にとって快いものでないことは何となく察しがついたが、やはりまだまだ言葉は聞き取れない。

 テインツが何やら失笑し、大柄に話しかける。



『ビージ。言ったろ、これ・・は言葉が解らないんだ』

『ああ、そういえばそうだった。――面倒なこったな、いちいち俺達の手をわずらわせる無能の「平民」を相手にするってのはよ」



 体を起こす。その間に通訳魔法を使ったのだろう、二人の声が突然、言葉となって耳に届いた。大柄が口を開く。



「俺達貴族がわざわざ通訳魔法を使ってまで話しかけてんだ。末代まで恩に着ろよ、能無しの『平民』」

「……授業中だぞ。何の用――――」



 何の前触れもなく。



 気道きどうを握り潰す衝撃が、俺の首に走った。



「ゴぼ――……ッ!? が、グ、あガ――ヅ――!!?」

「おいおい――口の利き方に気をつけろってのはこないだしつけたばかりだろ。能無し」

「うわ、きったねぇ。誰にツバ飛ばしてんだこのクソ野郎!」

「ごほ、ぉ――は、離、せ」



 首にかかる圧が強まった。

 もはや言葉にすらならない空気の塊が俺の口から発声される。

 ここでようやく俺は、自分がテインツに首を締めあげられているのだと理解した。

 突然気道をふさがれ、涙でくもる視界。

 片手で首を掴み、俺を軽々と持ち上げているテインツ。

 馬鹿な、一体こいつのどこにそんな力が――――!?



「離せだって? ハッ……相変わらず頭悪いな君。そんな言葉より、まず真っ先に言わなきゃならないことがあるんじゃないの?――――それだけ我々・・に無礼を働いて、どうして謝罪のひとつも出てこないんだよっ!」



 視界が逆転する。



 風。振り回される脳、わずかな回転酔い、そして――――感じたことのないほど硬く、大きな痛みが背中にぶつかった。



「ぅ――――い、ぃ――――ぁあっ――……!!」



 慌てて周囲を確認する。鼻へと流れた涙のおかげで視界が鮮明になる。見えるのは円形の壁。灰色の床。ここがどこだか理解するのは簡単だった。



「……おい、まさか」



 ここは魔法の世界。奴らにとって日常でも、俺にとっては全てが非日常。



 信じられないことだが――俺は、テインツに空いていた演習スペースの中まで、投げ飛ばされてしまったらしい。そして奴らにとって、その動きはどうやら「当たり前」のようだ。

 激しい痛みに悶えながら、失笑してしまう。

 なんだ。それ。



「おいおいテインツ、やりすぎだぜ。英雄の鎧ヘロス・ラスタングも使ってねぇ奴を投げ飛ばしたりなんかしたら、下手すりゃ死ぬぞ」

「おっと、そうだったな、うっかりしてた……まさか義勇兵コースに所属しておいて、英雄の鎧ヘロス・ラスタングも使えない能無しがいるなんて、思ってもみなかったものだから」

「ちげぇねぇ。もっとちゃんと勉強しろよ、ガイジン!」



 ヘロス・ラスタング。

 テインツのこの力は、その魔法のお陰というわけか。それもこいつらの話からすると、義勇兵コースに所属する者にとっては必須ひっすの魔法。

 痛みが響き続ける体をゆっくりと起こし、俺はテインツに向かい合う。

 テインツが目を細め、口を真一文字まいちもんじに引きしぼった。



「……まだ解らないのか。能無しも大概たいがいにしなよ。君はが高すぎるんだ、リシディアのにない手たる貴族に対して。大体」

「どうやるんだ?」

「君が義勇――なんだって?」

「ヘロス・ラスタングと言ったな。それ、どうすれば使えるようになるんだ。教えて欲しい」

「…………?」



 テインツが、まるで未知の生物を見るような目で俺を見る。

 その目は再び細められ――やがて小さな怒りを灯した。



「……ホント、ズレてる奴って始末に負えないよね。けど、そんな奴にも分けへだてなくほどこしを与えるのが……貴族の責務せきむってやつだ」



 テインツが、一歩俺へと踏み出す。謎の風が起こり、彼の茶髪を揺らす。

 今度は瞬時に理解した。

 その体が発しているものが、殺気だということを。



「教えてあげるよ、能無しの『平民』――――命の保証がない義勇兵コースに、君のような無能が所属するってことが……いかに愚かな選択だったかをね!」



 言うが早いか、腰につけていた「何か」を引き抜くテインツ。

 そしてそれを認識した時には、既に――茶髪は、俺へ残り数歩と迫ってきていた。



「ッ!!!」



 本能的にしゃがみ、前転する。無理な姿勢からの前転で体中の骨がにぶい痛みを訴え、視界の回転に刹那せつな、意識は混乱する。

 奴はどこだ――――



「どこを見てるんだよっ!」

「ッ!?」



 左から体をひねろうとした瞬間、またの間から――恐らく、本来は股間こかんを狙った一撃だ。体を捻ったのが幸いした――左のももを思いきり蹴り上げられた。衝撃で体がテインツの身長を越えて吹き飛び、肉を完全に潰されたような衝撃がももから爪先に抜け、再び視界が飛ぶ。時計回りの回転を全身に感じ、やがて衝撃。俺は床に叩きつけられる。



 何とか起き上が――――肩に激しい衝撃と鈍痛どんつう



「ッあッ……――――!!!」



 たまらず声が出る。鎖骨さこつつながる左肩の骨の耐えがたい痛みに、俺の四つんいの姿勢は左から崩れ、手で受け身も取れず床にあごを打ち付けた。



峰打みねうちだ、酷くても骨折程度だろう。むしろ感謝しろよ「平民」。――これが実戦なら、今君は肩口から斬り裂かれて血塗ちまみれなはずなんだから」

「ぐ……くは……ぁッ」



 骨折――確かに左肩に感じる痛みは少し体を動かすだけで激痛を訴えてくるし、肩にわずかでも負担をかけると圧痛あっつうが増す。

 骨を砕く一撃。

 奴はそれを峰打ちと言った。

 つまり――



 テインツを見上げる。勝ち誇った顔の横には鈍色にびいろに光る、紛れもない抜き身のつるぎ



 なんて、非日常な。

 あれで、俺の肩を殴り折りやがったのか――――!



 西洋風の片刃かたば曲刀きょくとうを肩に担いだ茶髪は、隠す気もない嘲笑を顔に貼り付けて俺を見下した。



「だからさ、何なんだよその目は。言っておくけど僕、感謝こそされても恨まれる筋合いは全くないからね? 言ったはずだよね。魔法も使えない、言葉も解らない、戦いのイロハも知らない、ついでに頭も悪い――君みたいな能無しのおろか者が、何をトチ狂えば義勇兵コースに所属しようなんて気になれるのか、ってさ」



 髪をつかまれ、持ち上げられる。振り払うよりも先に右手が肩をかばってしまい、抵抗することもままならない。

 情けない。体が、骨折の痛みを恐れている。

 だが、恐らく――



「……その力が、『へロス・ラスタング』の力というわけか」

「そうさ。『英雄の鎧ヘロス・ラスタング』――肉体に魔力を付与し、身体能力を大幅に向上させることが出来る。君の首くらいなら、片手でだってへし折れるよ。傭兵ようへいにとっては必要不可欠な魔法だ――――義勇兵コースに所属しようという者なら、入ってすぐに使えて当然なんだよ」

「……どう使うんだ?」

「教えられないね、そんな態度の君に・・・・・・・・。君ら『平民』は確かに貴族われわれの守るべき対象だけど――――安易に施しを与えると、君ら愚民ぐみんはすぐにそうやって無知を恥じず、簡単に開き直ってしまうからね!」



 テインツの手が頭髪から離れ、体に重力が戻る。

 咄嗟とっさに両足に力を込めるが――――腰を入れた瞬間に、目から火花が飛んだ。



「ッッッ!!!、、!、」



 鼻がつぶれる。眼球が感じたことのない激しい衝撃を受ける。後方への体のかたむき、浮遊感、そして衝撃。――――俺は武器を握ったテインツの拳で顔面を打たれ、再び床を転げ飛んだ。肩の激痛がひどくなる。

 鼻がしびれ、感覚がない。目を閉じるだけで目の血管が鳴き、形容の仕様がない痛みがほとばしる。

 ――鼻を押さえる手を、何か温かい不快な液体が伝った。

 テインツとその取り巻きの笑い声が響く。



「おいおい、汚い鼻血で床を汚すなよ……って、まぁ君にはちょうどいいか。なにせ、同じ色をした最下級の証・・・・・を持ってるんだからね――――そのレッドローブぞうきんなら、血を拭ったくらいじゃ大して目立たない。最下級でよかったね、能無し君」



 幸い、出血はすぐに収まった。

 鼻元はなもとの血を拭い、テインツの動きに最大限の警戒をしながら、今度こそしっかり立ち上がる。



 あの魔女も、高く跳んだり、俺と担任を抱えて在り得ない速さで走ったりしていた。きっとこの身体能力強化の魔法を使っていたに違いない。やられていることは完全にただの「ヤキ入れ」だが……奴が語る「戦い方」は、まだまだ聞いておく価値がある。



「本来ならこれで十分決着はつくんだけど。君にはまだまだ思い知らせてあげないとね、アマセ君」



 そうだ。



「ちょっと大貴族に優しくしてもらったくらいで、一丁前いっちょうまえに貴族と対等な気でいる、その不敬ふけいな眼光が消えるまでね!」



 俺はまだ――――攻撃魔法をひとつも見ちゃいないぞ。



「教えてあげよう――――これが義勇兵の使う『魔法』というものだっ!」



 テインツが俺へと手をかざす。



「〝――鎧の乙女、純潔の戦士よ。その勝鬨かちどき残滓ざんしわれに与えたまえ〟――!」



 ――今のがきっと、呪文じゅもんというやつだろう。

 魔力が練りあがり、奴の体内で渦を巻いたのが気配で知れた。

 はっきりと解ったその感覚は、奴がかざした手の中で現実へと結実けつじつする。



 呪文によって生まれた拳大こぶしだい琥珀こはく色の玉が、テインツのてのひらで回転する。星のような魔力の輝きを巻き込んだ玉は空気を収束させ――――



魔弾の砲手バレット!」



 ――まるでいつか映画で見た砲弾ほうだんのように、俺へと放たれた。



「ッ――あァッ!!」



 ふらつく体でなんとか砲弾を避ける。俺のすぐ背後に着弾した琥珀の砲弾は空気を巻き込んでぜ、衝撃の余波よはでまたも俺は床にダイブした。肩に激痛が走る。

 うつ伏せで倒れ込んだまま、俺は片手で上半身だけを起こしてテインツを視界に捉えた。

 ――テインツはかざした手を下ろしていない。



「っ――!」

「それで終わりだと思わないでよ!」



 呪文もなく、突如放たれる二発目。

 何とか片手と両足で体を起こし、前方へ飛ぶようにして砲弾をかわす。紙一重かみひとえ間に合った回避かいひにより砲弾はまたも壁に命中し、俺の背後で大きな音を立てる。

 呪文をとなえなくとも、魔法は使えるのか。



魔弾の砲手バレットは攻撃魔法の中で唯一ゆいいつ初等部で習う、初歩も初歩の魔法だ。使う魔力は微々びびたるもの、けど威力もこぶし一発程度。拳より広い攻撃範囲だから使われてるだけの最弱魔法さ」



 バレット。初歩の攻撃魔法。

 魔力消費は微々。

 威力は拳一発程度。

 だが攻撃範囲が拳より広い。



「だからこんなふうに、いちいち呪文ロゴス完全詠唱かんぜんえいしょうして使うこと自体在り得ない、基礎中の基礎ってわけだ。だから、傭兵ようへいの戦いにおいて魔弾の砲手バレットは――」



 テインツの背後。彼を中心に円を描くように――――砲弾が多数現れる。



「――――!!!」

無詠唱むえいしょう、そして連射れんしゃが基本なのさっ!」



 滞空たいくうしていた琥珀こはくが一斉に牙をく。



 俺は体の痛みを殺して走りだし、地面を蹴って前転する。

 先とは比べ物にならない衝撃が背後から襲い、俺を三度みたび吹き飛ばす。

 だが弾丸は文字通り連続して放たれ続け――――転げても転げても終わらない衝撃の連鎖れんさが、俺から方向感覚を奪っていく。

 程なく、限界は訪れた。



 側頭そくとうへの衝撃。

 左の壁と魔法障壁にぶつかる感覚。連続する、もはやどこが衝撃を受けているのかさえ分からない轟音ごうおん、痛み、激痛、揺れ、回転、鈍痛どんつう

 止まない。止まない。攻撃が、止まない。

 どのくらいの連射が基本なんだ。

 どのくらい連射すれば限界なんだ。        

 どのくらいすれば。



「――ぁ、」



 どのくらいすれば、この攻撃は終わるんだ。

 痛い。

 痛い。         ――そんなことは問題じゃない。

 痛い、         ――バレットはこれほどの連射が基本なのか。

 痛い、         ――無詠唱という技術まであるのか。

 痛い、         ――そして、戦いってのは厄介だな。

 痛い、

 痛い――――      ――体より先に、心が参り始めてる。



 俺、弱いんだな。


 

 ……気が付くと、追撃は止んでいた。

 今にも飛びそうな意識を、グワングワンと揺れ続ける頭を必死で繋ぎ止め、視線だけを動かし、テインツを探す。

 かすれた視線の先には、あきれてものも言えないといった風情のテインツ。



「……そっか。うっかりしてたな。魔法が出来ないんじゃあ対物理障壁たいぶつりしょうへきだって展開させられないよね。打ち所が悪いと死んじゃうかもな……まぁ、全ては君が自分の力もわきまえずに義勇兵コースを志望したからだし、後ろ盾も力もない能無しの『平民』が一人死んだところで悲しむのは……君の家族が精々だろう」

「むしろ、せいせいするんじゃねぇか? こんな出涸でがらし、きっと家でも煙たがられてたに違いねぇんだからよ!」

「ハハ、えてるねビージ。そう言われると案外、こいつの家族は……あわれな息子の死に場所、ならぬ死なせ場所・・・・・としてこの場所を選んだのかもな」

「おい。何してんだテメーら、三十秒で交代だと…………何してんだ、マジで。オイ」



 この演習スペースの現状を見たのか、倒れる俺の上から降ってきたトルトの声がにわかに険しくなる。そういえば、模擬戦は三十秒ごとに相手を変えるんだったな――ということは、この演習スペース……随分ずいぶん目立ってしまってるんじゃないか?



「ザードチップ先生。どうして彼が魔法を一切使えないと教えてくれなかったんですか。いつも通りやったら、彼。あんなに無様に伸びてしまって」

「そうだぜ、ザードチップ先生よ。あの『平民』のザマは、この演習の監督官かんとくかんであるアンタの責任だぜ」



 ……あまり好ましくないな。目立つのは。

 ただでさえ、奴らに何故か目の敵にされているってのに。



「……?……あいつ……」

「なんとか言ってくださいよ。僕、常々思ってたんですよね。ザードチップ先生の授業の放任ほうにんっぷりは目に余るなぁって。あなたのそれは生徒への信頼でも何でもなく、ただの職務怠慢しょくむたいまんなのでは? その結果がこれですよ」

「言っとくが、俺達には責任はねぇぜ? そもそも義勇兵コース自体、命の保証は致しません、てなコースなんだ。今回の件があんたの・・・・監督不行き届き・・・・・・・が原因の事故・・・・・・な以上、俺達に責任をなすり付けてもらっても困る」

「お前ら……」

「むしろ演習の邪魔をされて、僕らは迷惑してるんですよ先生。僕らはいつも通り技をみがこうとしていたんだ。その貴重な時間を、こんな風に潰されて……あなたの責任は重いですよ、ザードチップ先生」

「つか代わってくれよ別の先生に。アンタみたいなテキトーな奴にエラソーな顔されて授業なんてされたかねんだよ俺達は。あんたら『平民』と違って、こっちは暇じゃないんだ。ディノバーツ先生が出てきてくれりゃ一番いいんだろうがな」



 ……まあいい。ここは大人しく気絶しておいた方が、これ以上の痛手を負わなくていいかもしれない。魔女やシャノリアが見せた回復魔法による治療が恐らく受けられるとはいえ、あまりひど怪我けがをすると、完治にどれだけかかるか分からない。

 幸い目を閉じればすぐにも意識が飛びそうなんだ。目を閉じれば――



〝――ぁあ。ああ。ぁああぁぁぁぁ…………〟



「お前さんら、気付かねぇのか? せっちゃいるがこいつ……まだ続けるって顔してるぜ」

『!?』



 ……くそ



〝父さん。か……かぁさん。あぁぁ――〟



 ……体はボロボロなのに、やけに意識が鮮明だと思ったら。

 俺は一度、満身創痍こんな状態になったことがあるんだ。



愛依めいぃっ――……!!!!〟



 嫌なことを思い出すもんだ。一刻も早く、意識を閉じて忘れ――――



    倒せ、圭

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