第7話 襲い来る、種火は今宵のろしを上げる
1
「ナイセストさん!」
「お待ちしてました!」
グリーンローブの少年少女たちが、
そこに入ったホワイトローブのナイセスト・ティアルバーと、グレーローブのロハザー・ハイエイト、ヴィエルナ・キース。彼らは腕につけた、魚を捕らえる熊のエンブレムが
「ったく、マジで空気読めねぇよな。あのザードチップとかいう教員」
「ロハザー。私達は生徒の模範」
「わぁーってるよ。『ザードチップセンセイ』。ケッ、ちょっと
「どっちが」
「だぁっ! お前はどっちの味方なんだよヴィエルナっ」
「どっちも」
「あいつは誰だ?」
ナイセストの言葉に、二人がぴたりと会話を止める。
ナイセストの言う「あいつ」が誰なのか、二人には分かりかねたからだ。
「あいつって……誰?」
「……もしかして。ザードチップ先生の横にいた、男子?」
「見たことがない。転入か」
「ああ! 確かにひとつ、
ロハザーが、今朝方風紀委員室に届いていた書類を思い出しながら言う。
「外国人?」
ヴィエルナが腕のストレッチをしながら
圭は地面に座り込み、ただひたすらに、魔石玉の中の水色の光を吸収し続けている。
圭がリシディアにやって来た
少なくとも彼女にとって、氷の
しかしロハザーは気付かず、ナイセストは気付いた上で何の興味も示さなかった。
「さあ? 知らね。アマセ家なんて聞いたこともねぇから、きっと貴族じゃねぇんだろ。だったらただの『平民』だ、ンなその他大勢どうでもいいや」
「ロハザー、軽視」
「うっせーカタコト女」
「む。傷ついた」
「いてててっ、いて、いてぇって! 不当な暴力は規律違反だぞ!」
「精神的苦痛は人間違反」
「……貴族ではない、か」
騒ぐ二人を置き、ナイセストが目を閉じる。それは彼にとっていつもの精神統一の作業であったが、今回はその静かな作業に、一つの思考が
(ケイ・アマセ……随分と
それきり興味は完全に失せ、ナイセストは自らの鍛錬に
◆ ◆
単純に考えるなら。
だが、それら習得には様々な段階や要素がある。
まず魔力を増やす作業だが、これは現時点では俺には全く
もちろんひとつは、トルトも言っていた俺の限界、そして「魔力切れ」の感覚だ。
そして、もうひとつは――
「ッ――――」
こうして魔力を出し入れしていて、俺のどこかが
今俺がしていることは、魔力を出し入れすること――であれば、俺が今痛みに似た感覚を覚えている体内器官は、きっと
といっても、別に目新しい感覚でもなかったが。手を握り締めて、血管を潰すように手首を握り、手を開いて離すと血が手に通っていく感覚を得ることが出来るが、魔力の流れる感覚はこれに近いものがある。
一つずつ、出来ることが増えていく。
まだまだ情報も
この作業を終えたら、次は――
不意に、ローブのフード部分を後ろから引っ張られた。
「!?」
仰向けに倒れ、尻を打ち付ける。
見上げる視界には、テインツ・オーダーガードと――俺を引っ張り倒したらしい、大柄な男が立っていた。どちらも、ランク付けで言うと真ん中の色、ベージュローブを着ている。
『よう。「平民」』
大柄な男が、ニヤついた笑顔で何かを言ってくる。それが俺にとって快いものでないことは何となく察しがついたが、やはりまだまだ言葉は聞き取れない。
テインツが何やら失笑し、大柄に話しかける。
『ビージ。言ったろ、
『ああ、そういえばそうだった。――面倒なこったな、いちいち俺達の手を
体を起こす。その間に通訳魔法を使ったのだろう、二人の声が突然、言葉となって耳に届いた。大柄が口を開く。
「俺達貴族がわざわざ通訳魔法を使ってまで話しかけてんだ。末代まで恩に着ろよ、能無しの『平民』」
「……授業中だぞ。何の用――――」
何の前触れもなく。
「ゴぼ――……ッ!? が、グ、あガ――ヅ――!!?」
「おいおい――口の利き方に気をつけろってのはこないだ
「うわ、きったねぇ。誰にツバ飛ばしてんだこのクソ野郎!」
「ごほ、ぉ――は、離、せ」
首にかかる圧が強まった。
もはや言葉にすらならない空気の塊が俺の口から発声される。
ここでようやく俺は、自分がテインツに首を締めあげられているのだと理解した。
突然気道を
片手で首を掴み、俺を軽々と持ち上げているテインツ。
馬鹿な、一体こいつのどこにそんな力が――――!?
「離せだって? ハッ……相変わらず頭悪いな君。そんな言葉より、まず真っ先に言わなきゃならないことがあるんじゃないの?――――それだけ
視界が逆転する。
風。振り回される脳、わずかな回転酔い、そして――――感じたことのないほど硬く、大きな痛みが背中にぶつかった。
「ぅ――――い、ぃ
慌てて周囲を確認する。鼻へと流れた涙のお
「……おい、まさか」
ここは魔法の世界。奴らにとって日常でも、俺にとっては全てが非日常。
信じられないことだが――俺は、テインツに空いていた演習スペースの中まで、投げ飛ばされてしまったらしい。そして奴らにとって、その動きはどうやら「当たり前」のようだ。
激しい痛みに悶えながら、失笑してしまう。
なんだ。それ。
「おいおいテインツ、やりすぎだぜ。
「おっと、そうだったな、うっかりしてた……まさか義勇兵コースに所属しておいて、
「ちげぇねぇ。もっとちゃんと勉強しろよ、ガイジン!」
ヘロス・ラスタング。
テインツのこの力は、その魔法のお陰というわけか。それもこいつらの話からすると、義勇兵コースに所属する者にとっては
痛みが響き続ける体をゆっくりと起こし、俺はテインツに向かい合う。
テインツが目を細め、口を
「……まだ解らないのか。能無しも
「どうやるんだ?」
「君が義勇――なんだって?」
「ヘロス・ラスタングと言ったな。それ、どうすれば使えるようになるんだ。教えて欲しい」
「…………?」
テインツが、まるで未知の生物を見るような目で俺を見る。
その目は再び細められ――やがて小さな怒りを灯した。
「……ホント、ズレてる奴って始末に負えないよね。けど、そんな奴にも分け
テインツが、一歩俺へと踏み出す。謎の風が起こり、彼の茶髪を揺らす。
今度は瞬時に理解した。
その体が発しているものが、殺気だということを。
「教えてあげるよ、能無しの『平民』――――
言うが早いか、腰につけていた「何か」を引き抜くテインツ。
そしてそれを認識した時には、既に――茶髪は、俺へ残り数歩と迫ってきていた。
「ッ!!!」
本能的にしゃがみ、前転する。無理な姿勢からの前転で体中の骨が
奴はどこだ――――
「どこを見てるんだよっ!」
「ッ!?」
左から体を
何とか起き上が――――肩に激しい衝撃と
「ッあッ……――――!!!」
「
「ぐ……くは……ぁッ」
骨折――確かに左肩に感じる痛みは少し体を動かすだけで激痛を訴えてくるし、肩に
骨を砕く一撃。
奴はそれを峰打ちと言った。
つまり――
テインツを見上げる。勝ち誇った顔の横には
なんて、非日常な。
あれで、俺の肩を殴り折りやがったのか――――!
西洋風の
「だからさ、何なんだよその目は。言っておくけど僕、感謝こそされても恨まれる筋合いは全くないからね? 言ったはずだよね。魔法も使えない、言葉も解らない、戦いのイロハも知らない、ついでに頭も悪い――君みたいな能無しの
髪を
情けない。体が、骨折の痛みを恐れている。
だが、恐らく――
「……その力が、『へロス・ラスタング』の力というわけか」
「そうさ。『
「……どう使うんだ?」
「教えられないね、
テインツの手が頭髪から離れ、体に重力が戻る。
「ッッッ!!!、、!、」
鼻が
鼻が
――鼻を押さえる手を、何か温かい不快な液体が伝った。
テインツとその取り巻きの笑い声が響く。
「おいおい、汚い鼻血で床を汚すなよ……って、まぁ君にはちょうどいいか。なにせ、同じ色をした
幸い、出血はすぐに収まった。
あの魔女も、高く跳んだり、俺と担任を抱えて在り得ない速さで走ったりしていた。きっとこの身体能力強化の魔法を使っていたに違いない。やられていることは完全にただの「ヤキ入れ」だが……奴が語る「戦い方」は、まだまだ聞いておく価値がある。
「本来ならこれで十分決着はつくんだけど。君にはまだまだ思い知らせてあげないとね、アマセ君」
そうだ。
「ちょっと大貴族に優しくしてもらったくらいで、
俺はまだ――――攻撃魔法をひとつも見ちゃいないぞ。
「教えてあげよう――――これが義勇兵の使う『魔法』というものだっ!」
テインツが俺へと手をかざす。
「〝――鎧の乙女、純潔の戦士よ。その
――今のがきっと、
魔力が練りあがり、奴の体内で渦を巻いたのが気配で知れた。
はっきりと解ったその感覚は、奴がかざした手の中で現実へと
呪文によって生まれた
「
――まるでいつか映画で見た
「ッ――あァッ!!」
ふらつく体でなんとか砲弾を避ける。俺のすぐ背後に着弾した琥珀の砲弾は空気を巻き込んで
うつ伏せで倒れ込んだまま、俺は片手で上半身だけを起こしてテインツを視界に捉えた。
――テインツはかざした手を下ろしていない。
「っ――!」
「それで終わりだと思わないでよ!」
呪文もなく、突如放たれる二発目。
何とか片手と両足で体を起こし、前方へ飛ぶようにして砲弾を
呪文を
「
バレット。初歩の攻撃魔法。
魔力消費は微々。
威力は拳一発程度。
だが攻撃範囲が拳より広い。
「だからこんなふうに、いちいち
テインツの背後。彼を中心に円を描くように――――砲弾が多数現れる。
「――――!!!」
「
俺は体の痛みを殺して走りだし、地面を蹴って前転する。
先とは比べ物にならない衝撃が背後から襲い、俺を
だが弾丸は文字通り連続して放たれ続け――――転げても転げても終わらない衝撃の
程なく、限界は訪れた。
左の壁と魔法障壁にぶつかる感覚。連続する、もはやどこが衝撃を受けているのかさえ分からない
止まない。止まない。攻撃が、止まない。
どのくらいの連射が基本なんだ。
どのくらい連射すれば限界なんだ。
どのくらいすれば。
「――ぁ、」
どのくらいすれば、この攻撃は終わるんだ。
痛い。
痛い。 ――そんなことは問題じゃない。
痛い、 ――バレットはこれほどの連射が基本なのか。
痛い、 ――無詠唱という技術まであるのか。
痛い、 ――そして、戦いってのは厄介だな。
痛い、
痛い―――― ――体より先に、心が参り始めてる。
俺、弱いんだな。
……気が付くと、追撃は止んでいた。
今にも飛びそうな意識を、グワングワンと揺れ続ける頭を必死で繋ぎ止め、視線だけを動かし、テインツを探す。
「……そっか。うっかりしてたな。魔法が出来ないんじゃあ
「むしろ、せいせいするんじゃねぇか? こんな
「ハハ、
「おい。何してんだテメーら、三十秒で交代だと…………何してんだ、マジで。オイ」
この演習スペースの現状を見たのか、倒れる俺の上から降ってきたトルトの声が
「ザードチップ先生。どうして彼が魔法を一切使えないと教えてくれなかったんですか。いつも通りやったら、彼。あんなに無様に伸びてしまって」
「そうだぜ、ザードチップ先生よ。あの『平民』のザマは、この演習の
……あまり好ましくないな。目立つのは。
ただでさえ、奴らに何故か目の敵にされているってのに。
「……?……あいつ……」
「なんとか言ってくださいよ。僕、常々思ってたんですよね。ザードチップ先生の授業の
「言っとくが、俺達には責任はねぇぜ? そもそも義勇兵コース自体、命の保証は致しません、てなコースなんだ。今回の件が
「お前ら……」
「むしろ演習の邪魔をされて、僕らは迷惑してるんですよ先生。僕らはいつも通り技を
「つか代わってくれよ別の先生に。アンタみたいなテキトーな奴にエラソーな顔されて授業なんてされたかねんだよ俺達は。あんたら『平民』と違って、こっちは暇じゃないんだ。ディノバーツ先生が出てきてくれりゃ一番いいんだろうがな」
……まあいい。ここは大人しく気絶しておいた方が、これ以上の痛手を負わなくていいかもしれない。魔女やシャノリアが見せた回復魔法による治療が恐らく受けられるとはいえ、あまり
幸い目を閉じればすぐにも意識が飛びそうなんだ。目を閉じれば――
〝――ぁあ。ああ。ぁああぁぁぁぁ…………〟
「お前さんら、気付かねぇのか?
『!?』
……
〝父さん。か……かぁさん。あぁぁ――〟
……体はボロボロなのに、やけに意識が鮮明だと思ったら。
俺は一度、
〝
嫌なことを思い出すもんだ。一刻も早く、意識を閉じて忘れ――――
「
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