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「何も。それで、アヤメ。俺達はどうすればいい? お忍びというからには、誰にも報告しない方がいいんだろう」

「ああ。そうした方が身のためだ」

「身の為?」

「王族に手を出した者が辿たどる道は知れている。祭りの期間中、常にお前たちの喉元のどもとには私の刃が当てられていることを忘れるな」

「……ああ、気を付けよう。お互いにな」

「お互い?」

「俺達もお前達を見逃そう。確かにマリスタに傷は残っていない。だから先の件は不問にしてやる。だがここはプレジアで、公式の訪問でない以上お前達はいち客人・・・・だ。何か騒ぎを起こすようであれば、俺達は容赦ようしゃなくお前達を拘束こうそくする。忘れるな。騒ぎになって不味まずいのはお互い様だとな」

「お前……!」



 再び目をきかけた王女をアヤメが手で制する。



「了解した。精々お互いに気を付けるとしよう。穏やかな祭りを楽しめるようにな」

「ちょっとお前勝手に」

「行きましょう、ココウェル・・・・・。これからは手はず通りに呼名することを誓います」

「っ……チッ。解ったわよ。あ~イライラする!! あ」



 去ろうと背を向けた王女が、胸を揺らして俺へと振り返る。



「ねえ、名前教えてよ。気分がノッたら誘ってあげるからさ。そんな貧乳よりこっちが好きでしょ?」

「ッッ!! あんた、ホント――」

「よせって。ケイ。ケイ・アマセだ」

「ケイ・アマセ! 変な名前! じゃ、気が向いたらね~」



 その言葉尻ことばじりからは想像も出来ないほど魅力的な笑顔を浮かべ。

 騎士の腕に抱き着き、また騎士に腰を抱えられ、王女ココウェル・ミファ・リシディアは建物から降りていった。



「ケイ、体は大丈夫?」

「ああ。もう問題ない。お前は」

「大丈夫」

「そうか」

「…………ねえ、ケイ」

「なんだ」

「……あの王女が話した、プレジアのこと。絶対に、間違ってるよね」

「……ああ。事実は同じでも、あの解釈かいしゃくは絶対に間違っている」



 あの異常に攻撃的な性格。

 そんな暴君ぼうくんに、わざと盲目的もうもくてきに従っている、「本物」の騎士。



 床に残された、マリスタのかすれた血のあと



 ――理由はどうあれ、俺は不穏分子ふおんぶんしを見逃した。



 何事も起きてくれるなよ。これ以上。



 お願いだから。



報道委員会ほうどういいんかいです!これにて前夜祭は終了となります! 明日に備え、各自羽目はめを外し過ぎないようにしましょう! 不純ふじゅん異性いせい交遊こうゆうは個人的に優先的に処理しますので悪しからず! 年々拘束者こうそくしゃが増えています、どうぞ節度を守って大魔法祭を楽しみましょう……』



 こうして。

 波乱を盛大ににおわせる前夜祭ぜんやさいは、終わりを告げた。



 そう思っていた。

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