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「うおっ!?」

「危ないっ!」



 ぐらり、と体をかたむける少女二人の下に飛び、下敷したじきになるテインツ、その上にビージ。

 ナタリーらが駆け寄ってきたときには、すでにもう――――マリスタの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。



「ひ゛っ……ひ゛え゛る゛な゛ち゛ゃ゛ん゛」

「うん」

「おがえり……おがえりっっ!!!」

「……ありがと」

「よがっだッ……いぎででよがっだああぁ……」

「……うん」



 マリスタに押し倒された格好かっこうのまま、ヴィエルナが静かに笑って彼女を抱きしめる。割って入っていこうとする者はいなかった。

 ロハザーなんて泣いてやがる。



「泣いてねーよ!!!」

「何も言ってないだろ……」



 少しだけ顔を起こしたヴィエルナと、目が合う。



 しばらく、おたがい何も言わなかった。



 きっと、今がどういう状況なのかは、全て聞き及んでいるだろう。

 教室に入ってきたときの様子を見るに、まだ完全に本調子とはいかないんだろう。



 だがともかく、ヴィエルナは今五体ごたい満足まんぞくでここにいる。



「…………全く」



 だから、言ってやらねば。



 あのとき。

 ナイセストと戦っていた時、ほんの一瞬、こいつが俺に寄越よこした視線。



 あの時言いたかった文句もんくを、ありったけ。



金輪際こんりんざいわないからな。きもめいじておけ」

「…………」



 何もおうじず。

 彼女はただやわらかく、柔らかく微笑ほほえんで、



「……ありがとう。今度は、私が貴方あなたおう・・番だね」



 ……なんて、よく意味のわからない返しをしてきたのだった。

 


「あなた達ね……今はHRホームルームの時間なんですけどっ!?」



 だぅんっ、と床をみ鳴らす音。

 ぶわっ、とき抜ける魔波まは



 なごやかな空間に吹いた決して弱くない魔波に、心臓をつかまれたようにしてその場にいる全員が黙り込む。



 発生源は出入り口。

 発したのは、六年四組の人だかりをき分け、ようやくここへ辿り着いた様子の――六年二組担任、シャノリア・ディノバーツの姿。



 教諭きょうゆはギラリ、と何時いつになく本気で面々をにらむ。

 マリスタが「ひゥぃッ」と嗚咽おえつなのかおびえなのかわからない声をらした。



「ああ先生。おはようございます」

「イグニトリオ君。君という生徒せいと会長かいちょうながらどうしてこんなに騒がしいのかしら」

「あれ。そんなことを気にされる先生でしたっけ。今まではもっとこう、うだつの上がらない」

「おだまりッッ!!」



 ……シャノリアがピシャリと言う。

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