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 ナタリーが視線をらすことなく続ける。



「このリシディアという国。ディノバーツ先生は、一度もおかしいと思ったことはないのですか?」

「お――大きく出たわね、国だなんて」

「暗い部分が多すぎるのです、リシディアは。人間と魔女の対立がまねいた無限の内乱。四大貴族よんだいきぞくがほとんど脱した王国組織。内乱最大の傷を残した『痛みの呪い』。今回のプレジアでのさわぎの容疑者ようぎしゃに、国そのものの名前が挙がっていることも」



〝僕、最近よくわからなくなってきてるんだよね。誰がウソつきで、誰が正直者なのか。誰が敵で、誰が味方なのか。誰に何を話すべきなのか、誰を信用すべきなのか〟



易々やすやすと信じる訳にはいかないんですよ。大人を――私の知らない時間を生き過ぎている者達は」



 ――きっとギリートは、自分が記録石ディーチェを通して聞いていることも計算に入れていたのだろう、とナタリーは内心歯噛はがみする。



 事あるごとに信用をたてに相手を品定めし、思ったことをはっきり伝えては各所でコミュニケーションに不全をもたらすいけ好かない男を、ナタリーはずっと敬遠けいえんしていた。

 一体何をそんなに恐れているのかあのコミュしょうは、とずっと思っていた。



 そうも言っていられなくなったのは、ナイセストが「痛みの呪い」を使用した実技試験じつぎしけん決勝戦からである。



 呪いの開発者。使用者。

 そして、今回の記憶を奪う事件のターゲットにされている人物。

 そして、いずれもに国そのものの関与が疑われる、という異常事態。



 ナタリーは、急に何かとてつもなく巨大な闇に、自分一人で立ち向かっているような気がした。



 そしてその闇は実際、実力行使という形で彼女の前に姿を現した。



 眉唾物まゆつばもの陰謀論いんぼうろんはその時をもって、ごく現実的な脅威きょういへと変わったのである。



〝お前なら信用できる〟



 誰を信用し、誰を疑うか。



 目につく全てを疑いながら慎重に動く必要が、ナタリーの中で急速に立ち上がってきたのである。



 そして、ナタリーのそんな思いは瞳を通し――――目の前のシャノリアに、どこか切迫せっぱくした、祈りにもた感情を想起そうきさせた。



「あなたは何か知らないのですか、先生。あなたもニ十歳以上で――あの内乱を経験した人なのでしょう?」

「わ……私?」



 シャノリアが困惑気味にほおゆるませる。



「知ってるワケないじゃない、よく知らせを聞いていたくらいよ。その知らせだって、『ひどいことが起こった』くらいの認識で……だってその当時、私四、五歳くらいだよ?」

「ディノバーツ先生は大貴族の一、雑に言えばあのティアルバーと同類ですから。いかに幼かろうと疑う余地はあるなと思ったまでです。それに」

「ああ……でも、物心ものごころはもうついてた頃だったから……父さんと姉さんが内乱で死んじゃったのは、悲しかったな」

「――お姉さんも亡くなっておいでだったんですか?」

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