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 本当に待つのに草臥くたびれた様子で、バリバリと頭をくトルト。



「……話の途中だったな。あんたは記憶喪失きおくそうしつだ。それで?」

「……『痛みの呪い』のことなんざ、俺ァつい二ヶ月前まで毛ほども知らなかった」

「――……?」

「当然だろ、俺には記憶がねぇんだからよ」

「……思い出したってことか?」

「あのドクロのバケモンを見たとき、その存在を。そして――お前が痛みの呪いに苦しむ姿を見たとき、その対処法たいしょほうを。どうやら民間療法みんかんりょうほうくせぇがな」

「……断片的だんぺんてきに記憶がよみがえってる、ってことか。痛みの呪いに触れることで?」

「ああ。きっと俺と痛みの呪いは、そりゃもう切っても切り離せねぇ・・・・・・・・・・関係だった・・・・・かもしれねぇ、ってことだな」

「……何者なんだ、あんた」

「それを今から調べてェのさ。……どうだ。俺がこのまま順調に記憶を取りもどしゃあ、呪いの症状しょうじょう緩和かんわ、ないし一時的にでも完全におさえる方法が、もしかしたら見つかるかもしれねぇ」

「……どんな確率だよ。医者でも知らないことだぞ」

「『無限の内乱』はブラックボックスだ。表面的な歴史はつくろわれて辻褄つじつまが合わせられてるが、その時その場で何が起きてたかを知る奴はほぼいねぇ。日の目を見ないまま、闇に隠された情報だってあるかもしれねぇ」

「――国家が隠した情報ってことか?」

「そこまで大袈裟おおげさじゃねぇ。だが――そんな情報だって転がってるかもしれねぇぞ。ここによ」



 トン、とやる気なくこめかみを指しながら、トルトは顔をしかめた。



「つかよ。グダグダ話させんな俺に。お前さんがこんだけ長く俺との会話に付き合ってるってことは、ハナから俺の提案に乗っかるつもりってこったろ?」

「? これ自体が記憶を思い出す作業じゃないのか」

「いいや、もっとおトクな荒療治あらりょうじだよ。俺にとっても、お前さんにとってもな」

「荒療治?」

「ああ。このまま俺と戦え、アマセ。ちっとばかし、稽古けいこつけてやるよ」

「……何?」



 ……一瞬、完全に尻込みしてしまった自分がいた。



 この男の実力は聞いている。

 逆に言えば聞いてしかいないが――――いつもだるげでサボりたそうな顔をしている男なのにも関わらず、聞こえてくるのは皮肉でなく「武勇伝」ばかり。

 ぞくいわく、「プレジア開校以来、誰にも負けたことが無い男」。



 単に校内で決着がつくまで戦った経験が無いだけ、という線もあるが……俺が初めてプレジアに来た時感じたこいつの圧、背に走った悪寒おかん

 あれが、そんな根も葉もない噂を俺の中で信憑性しんぴょうせいのあるものにしている。



 ――虎穴こけつらずんば。



「ちゃんと聞こえてんだろ聞き返すな。俺と――」

「ああ、ちゃんと聞こえた。やろう」

「――……ちったぁ人のペースに合わせることも覚えろ、クソガキ。ああ、時間がもったいねぇからさっさと始めろ」

「始めろ?」

魔弾の砲手バレットでも白兵はくへいでも、なんでもいいぞ。打ってこい」

「…………」



 ……腰を落とす。



 臨戦態勢りんせんたいせいに入る俺を見て、しかしトルトは構えの一つも取らなかった。

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