12



 お母さんと、もうひとつ大きな手が、父さんにつかみかかろうとした私の体を引きとめた。

 振り返った先にいたのは母さんと――額に汗をにじませた、サイファスだった。



「一度、時間を置きましょう。急な話だったし、お父さんもちょっと感情的になってるから」

「私は!」

「お義母かあさんの言う通りだ、マリスタ。いったん頭を冷やそう」

「離し――離して、サイファスっ!」

「お義母さん、ここは俺が。お義父とうさんをお願いします」

「……うん。お願いね」



 そんな会話を私の横で交わしながら、母さんが居間のドアを閉める。

 私はサイファスに抱きかかえられるようにして、久しぶりの自分の部屋へと押し込められた。



「離してっ……離して!」

「わ、わかったわかった、離すから。ホラ」

「どいて!」

「どけない。今話したっていい話は出来ないよ、お互いにね」

「うるさい! いいからどいて!」

「いたたた、メチャクチャに暴れるなって――――もう!」

「むぅっ!?」



 ぎゅ、とサイファスに強く抱き締められる。

 英雄の鎧ヘロス・ラスタングを使って抜け出そうとしたけど、サイファスも使ってたみたいで抜け出せない。

 どうもがいてみても、どうにもできなかった。



〝今のお前に何がある?〟

〝『何も力は無い』!……その時点で詰み・・だと何故理解できん〟



 ……今度こそ、涙が目からにじみだす。

 ただただそれを見られたくなくて、顔をサイファスの胸に押し付けた。



「……よしよし。ホラ、落ち着いて。ゆっくり呼吸して。ゆっくり心を落ち着けよう。それまで俺がこうしててやるから」

「…………どうして…………」

「大丈夫。お前の言葉はちゃんとお義父さんに届いてるよ。言ってたろ、『意見を違えたお前と話すことはない』って。マリスタの言葉は、ちゃんと意見としてお義父さんに――」

「どうして私は、こんななの」

「――え? 『私?』」



 強くなりたいと、願うようになった。



 最初は、ただケイと並び立っていたくて。

 私をナメる人たちを、ただ見返したくって。



 でもいつからだろう、私は――



〝分かった風な口を利きやがって――――!!!!!!!〟



 ――――あの時だ。

 あの時から、私は――自分の力で、他ならぬ私が強くなることで、何が出来るかなって思い始めたんだ。



 そしてケイを助けるために動く先生たちを見て、考えるだけじゃダメだって分かった。

 私も動かなくちゃいけないんだって思って、ここに来た。

 総司令官が自分の父親。これだって、私の立派な力だと思ったから。



 でも。



「だめ……だめだよ」

「だめじゃない。マリスタはダメじゃないよ。だから……今は気の済むまで泣きな」



 思い上がりだった。

 私に力なんて無かった。

 散々言われていたはずなのに、今更になって思い知った。



〝逆にきたいな。どうしてお前達はそんなに頑張らずヘラヘラしてられるんだ〟



 ケイは最初から、私にそう問いかけていた。

 私がそれに、今やっと気づいただけだ。



 私には何の力も無い。

 私ひとりが動いたところで、何も変えられない。



 私は。



「強くなりたい……力が欲しいッ……!!!!」



 こうしてまた、泣きじゃくることしかできなかった。




◆     ◆




「…………認めたのね。あの子のこと」

「……何?」

「『意見を違えた』って。あの子の言葉を、いち意見として真摯しんしに受け止めてないと、出てこない言葉ですよ」

「…………エマ」

「はい」

「あの子のことばには、あの子自身の幸せが勘定かんじょうに入っていない」

「……そうですね」

「……自ら幸せから遠ざかっていこうとする娘を、引き止めたくない親があると思うか」

「……そうですね」

「あの子が、自分の内からあんな言葉を生み出せたと思わない」

「え?」

「居るはずだ。娘に影響を与えた何者かが。……自己を一切かえりみず、ただ他己たこに尽くしたいという思想を植え付けた、何者かが。あの子の近くに」

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