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 呆然ぼうぜんとつぶやくテインツ。

 シータは寝返りを打ち、抜けがらのようになっている彼を盗み見て――どこか、苛立いらだちを覚える自分を感じた。



「そこまでショックを受けることかしら? 自分に近しい人が犯人だと決まったワケでもないのに」

「……そりゃショック受けるだろ。まさか、国内にそんな不穏分子ふおんぶんしが居るなんて。下手したら国の一大事かもしれないじゃないか」

「……スケールの大きいことを考えてるのだわね」

「十分大ごとだろ、これは。君だって襲われてる」

「なっ……なんでそこで私の名前が出るのよ!?」

「えっ、あ――な、何を考えてるんだ! 同じ大魔法祭だいまほうさいの出し物を作ってる仲間だって言いたかっただけだ! 断じて他意たいはない! 変な誤解をするなっ!」

「わかっってるのだわよそんなこと!! ちょ、ちょっと聞いただけだわよ!」

「ちょっと聞くなよそんな分かり切ってることっ……大嫌いとまで言われた相手にそんな、他意を持つはずがないだろ」

「っ……」



 顔の熱が、よくわからないカタマリになってシータの胃をつぶす。



〝大っ嫌い。アンタみたいな奴ッ〟

〝リクツなんかどうでもいいわ。私は今をもってアンタが大嫌いになったっ。それだけで十分だわよっ〟



 ――あのとき、自分は確かにそう言った。

 無意識に偏見へんけんで人をけなす――いつかの「平民」と変わらないその在り方。彼女はテインツという人間を大嫌いになった。

 その気持ちは、今も変わらない。



(――でも)



〝俺の中の偏見へんけんを自覚させてくれてありがとう〟



 ――記憶の混濁こんだくが起きている、と彼女は自分に言い聞かせた。

 いつか誰かに言われた言葉だと。

 自分は、それを思い出すことは出来ないと。



 だがその言葉ゆえに、少女は思う。



 嫌いな相手だからと、その全てをシャットアウトしていいものだろうか。

 今目の前に居て、これからも間違いなく、それなりに近くにあり続ける人を。

何より、



「でもよかった。無事でいてくれて」

「!」



〝今気付けてよかった〟



 恥を忍び、今目の前で変わろうと努力している人を。



〝……………………変わりたいな。私も〟



「……ケガ、しなかった」

「えっ?」

「っ、だから。あんたのおかげで、私はおなかをケガしなかったっ!」



 ベッドから上半身を起こし、腹部に手を置きながらやけっぱちにテインツを見たシータが言う。

 大きな声に面食らい、目をぱちくりとさせるテインツ。

 その先を考えていなかったシータも数秒黙り、赤らむ顔をらしながらしかし迅速じんそくに言うべき言葉を脳内から検索けんさくし引っ張り出し、



「だから……ありがとう。ほんとに、助かった」



 しぼり出した。

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