3



 ……トルトが口元をゆるませる。



 こいつの笑い顔なんて、初めて見た気がする。



「予感はあったんだ。初めてお前さんと会ったときにな」



〝世間じゃこういう状態を、記憶喪失って言うんだろう?〟


〝知りたいんだ、魔法のことを。この世界のこと全部を〟

〝……………………………………〟



「どこからともなく、フラっと現れた記憶喪失きおくそうしつ。俺と境遇きょうぐうの似てるお前さんなら、記憶が戻るきっかけになるかもと――――いやもしかしたら、お前さんと俺は同類で、記憶が消えた原因が同じなんじゃないかとまで思った」

「……お前と俺が、同類」

「ま、てんでザコだったから最初は何も期待してなかったけどよ。早々に十把じっぱ一絡ひとからげになり果てるだろうと思ってた。まさかティアルバーを追い払うまでになるとはな――――そして本当に、記憶が戻るときは訪れた」



〝『痛みの呪い』ですッッッ!!〟



「……だから、俺もお前にけてみたくなったんだ」



 トルトが地をみ直した。



「さあ。次は俺をどう超える。魔弾の砲手バレットも、打撃も――今使える全ての手段は、どうやら俺には届きそうもねえぞ。アマセ」

「………………!」



 ……言ってくれる。

 こちとら持病持ちの駆け出し戦士見習いだぞ。奇跡の戦士でも、ご都合主義的な主人公でもなんでもない。

 無いときは無いんだ。勝ち目なんて。



 思考はずっと回転している。

 だが考えつくどの手も、あのよろいのような肉体と、こちらの鎧を貫いてくる攻撃力の前では意味をさなくなってしまう。



 英雄の鎧ヘロス・ラスタング以上に強化された肉体を見せた奴を、俺は一人知っている。

 だがトルトのそれは、ナイセストが見せたものとは比べ物にならない肉体強化度だ。

 加えて、攻撃手段は魔弾の砲手バレットと己の拳のみ。



 ダメだ。



 打つ手が無い。



〝――一度ひとたび本気で戦おうものなら――山一つ、村一つ――――ともすれば国一つでさえ、修復しゅうふくのしようがない程に破壊されてしまう危険がありました〟



 ……底なしの、強さ。



生半可なまはんかなことでは到底及とうていおよばない――――いいえ。多くの人にとっては、一生かかってもかなわない程に、高い実力を備えるに至った者達――〟



 ――そうなんじゃないか?



 目の前にいる男。

 飄々ひょうひょうとした態度の中に、文字通り鋼のような肉体を持つ、実力の底知れぬ男。



 こいつは、本当に――



「――――『本物』――――!!!」




◆     ◆




「……一体何だというのです、あの化け物は……」

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