詠唱――――万策尽きし、果て

「あの美しさを見よ」



 クリクターがディルスの目線を追う。



 そこに居るのは、おさえきれずあふれたと言わんばかりの小さな、そしてどこまでも邪悪な笑みをこぼすナイセスト・ティアルバー。

 血の飛んだ外套ローブをまとい、赤黒い魔力にふちられ、明滅する紋様もんようを全身に描いたその姿は、まるで人外じんがい、そう――――死神しにがみか、何かのようで。



「あれこそが、」

「あれが『ティアルバー』だと。そう言いたいのですか、ディルス殿どの

「そうとも。誰よりも、何よりも強くあれと望まれ、そのためだけに整えられ、作り出された一族の最高さいこう傑作けっさく。それが今…………卵は孵化ふかせんと微動びどうを始めた――――見届けねば。祝福せねばならんだろうが、なあ。学校長よ」

「そうなのでしょうか」



 ディルスが動きを止める。

 クリクターは静かに、しかし語気ごき強く続ける。



「祝福も、見届けるのも貴方あなたの自由です、ディルス殿どの。ですが、私はあれが……あの姿を、ティアルバー君本人が望んでいたとはとても思えない。そして、あれを美しいとは、到底とうてい思えない」



 視線の応酬おうしゅう



 やがて、先に視線を戻したのはクリクターだった。



「……答えは、もうすぐ出るでしょう」

「そうとも。もうすぐ終わる……そして、始まるのだ」

「ええ。始まりでしょうな……私は、そう信じている」

「――? 信じる?」



 ディルスの問い。

クリクターはだまっている。

 彼はただスペースを――――倒れたけいと、剣を手に歩み寄るナイセストを見つめている。



幾人いくにんかの『渦中かちゅう』の人物が、良かれ悪かれ、プレジアの現状を大きく変えるのではないかと、私は見立てています〟



「――信じています。この二ヶ月、れ続けたプレジアの中で、彼らの中に芽生えた考えと、行動を。彼らが示す――――行きたかったはず異世界いせかいのかたちを」




◆     ◆




〝ナイセスト・ティアルバーを倒してくれッ……!!!!〟



 凍結とうけつが、吹き荒れた。



「――――、」



 ナイセストの歩みが止まる。

 奴のすぐ手前まで、床はこおり付いている――――倒れた俺を、中心にして。



 つんいに立つ。

 傷口は痛む。

 焼けるように痛むが、出血はもう無い。



 凍った傷口・・・・・から、血はあふれない。



 のどが鳴る。

 口が呼吸の仕方を忘れている。

 視界がぼやける。

 視界が揺れる。



 だが、手も足もまだ動く。

 俺はまだ戦える。

 ――いや、



「――俺はまだ、わなきゃならない」

「ハ、ハハハ…………ケイ・アマセ。ケイ・アマセッ――――ッ」



 ナイセストが笑い。



 がくんと、腰を折り曲げ顔を押さえた。



「…………」

「…………戦ってどうする?」



 顔を片手でおおったまま、しぼり出すようにつぶやくナイセスト。



 指の隙間すきまからのぞいた漆黒しっこくの目が照り光り、俺を見る。



満身まんしん創痍そういのお前に、あと数分で何が出来る?」



 その手には、黒紅くろべに所有属性武器エトス・ディミが、一振ひとふり。



 万策ばんさくは、すできた。

 これで勝てねば、止めだと思っていた。



「…………武器だ」



 思っていた、のに。



「お前と戦う、武器がる」



 ああ。

 なんて重くて、面倒めんどうな。



「!!」



 ぶら下げたままの右手に、花色はないろ魔力まりょくを集中する。



 必要なのは、明確な構造とイメージ。

 強い武器。

 ナイセストを倒せる武器。



 俺が出会った、唯一ゆいいつの剣。



「――――戦士の抜剣アルス・クルギア

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