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 ――人間の背を遥かに超えた、巨大な鉄の両扉りょうとびら扇状おうぎじょうに並んだだだっ広い空間があった。

 両扉は壁面の各所に設置された白色の光を放つ透明な多面体の石に照らされ、扉の縁に沿う形でいくつもの小さな施錠せじょうが施されている。

 扉中央には、人の体ほどもある太さの鎖を持つ巨大な錠。

 その真ん中にある無色の石が――――緑色に発光している扉が、一つだけ。



「あそこです」

「待ってっ、」



 ナイセストが足を止め、振り返る。

 その切れ長の目に気後れしかけたココウェルだったが、それより更に大きな不安に押され、口を開く。



「……これほどまで厳重に閉じ込められている者を……本当に開放して大丈夫なのですか?」

「――殿下の疑心はもっともです」

「そもそも、どうしてあなたがここのことを知っていたのですか?」

「……私はティアルバー家の者。城の構造については、古くから伝え聞いておりました。そして何より――私とその男は、共に・・この城へ収監しゅうかんされたからです」

「……共に? 待ってください、確かあなたは……じゃあここに収監しゅうかんされているのは、」

「お察しの通りです。その男・・・の協力があれば――ヘヴンゼル城の現状を、恐らく一息に・・・改善させることができる」

「……レヴェーネ・キースも助かるのですね? それだけの治療の腕を持っているのですね?」

「……ええ。恐らくは王国全土で、彼ほど魔術師の人体構造に精通している人物はいません」

「魔術師の、構造……?」

「いずれにせよ、賭けるしかない状況かと」

「………………、そうですね。もとよりわたしに選択肢などありません。わたしの責任において、解放しましょう。その男を」



 ココウェルが両扉に歩み寄り、扉の脇にえ付けられている四角錐台しかくすいだい型の魔石の上部に手を当てると――――中央無色の石が強く発光、扉の小さな施錠が次々と開錠され、三重さんじゅうの扉が相次いで開き、持ち上がり、地に沈み、



 白衣を着たその人物は、ゆっくりと振り向いた。



「……呵々かか。誰かと思えば……これはまたなんという珍客ちんきゃくか」

「…………」



 思わずナイセストの背後に隠れそうになるココウェル。

 ナイセストは前に進みで、その人物と――――父と向き合う。



「あなたの力が必要だ。ディルス・ティアルバー」



 あくまで静かなナイセストの言葉。

 男は呵々かかと笑って顔を片手で覆うと、ひどくくぼんで見える両頬骨りょうほおぼねを指でなぞるように手を下ろし、ナイセストの背後にいるココウェルへと目を向けた。

 その落ちくぼんだ目が、ココウェルをさらに脅えさせる。



 ディルス・ティアルバー。



 ナイセスト・ティアルバーの父であり、ティアルバー家の現当主であり――――今なお人々を苦しめる魔術、「痛みの呪い」の開発者と目される男。



(というか、そもそもここ……何なの?)



 両扉の中、つまりディルス・ティアルバーの独房どくぼう



 そこは、何を間違っても「牢獄ろうごく」などとは言えない、暖かな灯りにあふれる研究室のような空間になっていた。



 白衣を着たディルスの背後には所狭ところせましと書物や巻物スクロールが詰め込まれた本棚があり、中央にある大きな長机にはココウェルには理解できない蒸留器じょうりゅうきのような実験器具や魔石の数々。

 別の壁際には寝心地の良さそうなベッドやコーヒーらしき液体の入ったポットまでが置かれている。



 そして何より――――ディルス・ティアルバーは手足にかせの一つもついていなかった。



 ココウェルがそれを見止め、目を見開く。



「ッティアルバー!! この男何かっ、」

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