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「……囚人を?」

「案内します」



 ナイセストが先導し、壊れた階段を、階段の失われた大穴を、ココウェルを支え歩き、飛び降りていく。

 彼が向かうのは地下牢獄ちかろうごくのある王城独房区おうじょうどくぼうく

 そう解っていたからこそ、ココウェルには解せなかった。



「独房は……先の爆発でもう破壊されてしまったのでしょう? 囚人は残っているのですか? すべて逃げてしまったのでは――」

「失礼を」

「うひゃっ!?」



 壊れた階段を、抱きかかえられて下り切り。

 ココウェルは、初めて独房区へ降り立った。



「……っ」

「ご安心ください――既に粛清しゅくせいは済んでおります」



 むせ返るような血のにおい。

 へし折れひん曲がった独房の鉄格子てつごうし



 破壊された独房から逃げ出そうとしたのであろう囚人が、床を埋め尽くすようにして転がされていた。



「これは……」

「罪人は誰一人逃がしておりません。ご安心ください」

「……殺したのですか?」

「イレギュラーを見逃すべき状況ではありませんので。――こちらへ」



 ココウェルを下ろし、何の感傷もなく死体をまたいで先へ進むナイセスト。

 複雑な気持ちを抱きながらも彼の言葉を反芻はんすう、自分を無理矢理納得させて、ココウェルも後に続く。



 二人がたどり着いたのは、独房の立ち並ぶ通路の最奥さいおうにある壁の前だった。



「……ここが何だと?」

「ご存じですか。ヘヴンゼル城の地下深く、通常の独房とは一線を画した――より厳重な監視と拘束こうそくの下にある特別収容区画とくべつしゅうようくかくを」

「……小耳にはさんだことがある程度です。まさかそれが?」

「壁の一部に魔法陣があるのにお気付きですか」

「え?」



 目を細め、ココウェルが壁に近付く。

 ココウェルの目線から少し高い位置に、さびとほこりにまみれた薄汚れに隠れるようにして――小さな小さな魔法陣が描かれていた。



「王族の魔力によってのみ、起動することができます」

「こんなのが……ッぅひぃっ!?!?」



 手を当て、魔力を流し込むココウェル。

 すると魔法陣は黒ずむようににぶく光り、途端とたん壁は一つ一つのブロックを虫のようにうごめかせながら動き出し――長く黒い石階段の続く通路を、出現させた。



 ココウェルが通路をのぞき込む。

 両脇にあるロウソクの灯りに照らされているだけの薄暗い階段は、行き先を見通せない程下へと続いていた。



「……なんで階段なのよ」

「抱えましょう」

「い、いいですっ! 一人で降ります」

「ではせめて。――では参りましょう」



 ナイセストの闇の魔力が止血の済んだココウェルの足を覆い、靴のような形に練り込まれる。

 闇のむずがゆさを感じながらも、ココウェルはナイセストの後に続いた。



「恐らく、この階段や空間そのものに魔術が仕込まれているのでしょう。転移魔法陣てんいまほうじんで替えが効かないのはそのためかと」

「そういう、ことですか……って、あれ。ティ、ティアルバーっ。前、なんだか階段が続いてないように見えますけど――ギャッ!?」



 パシン、パシン、と。



 弾けるような音をたて、謎の光の線が二人をスキャンするように通過し――ココウェルが指摘した階段の先の無い闇に新たなロウソクが灯り、更に下へ続く階段が現れた。



「……」

「こういう仕掛けのようですね。恐らく王族の魔力を定期的に検知しているのでしょう。急ぎましょう」



 その後も階段を下り切るたびに、パシン、パシンと光が鳴っては階段が現れ続け――やがてロウソクの灯りとは違う、白色の強い光が見えてくる。



 二人が並んで通るには手狭てぜまなトンネル型の出口を抜けると、そこには――



「……なにこれ」

「…………」

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