10

「いい加減気付くんだ、マリスタ。お前は私とエマの娘、栄えあるアルテアス家の次期当主を担う身だ。大いなる力には大いなる責任が伴う。お前が今後成すべきことは、負うべき大いなるものはいち私兵団しへいだんや教育機関の維持などでは無い、リシディアという一つの国家の安寧あんねいだ。目先の善悪に心は砕いても身を粉にするな。お前はそんな器ではない」

「…………」



 ……いつの間にか、のどはカラカラだった。

 まるで父さんが、私の中の水を全て吸い取ってしまったかのよう。



 父さんはいつもの調子だった。

 私にはなんだかよく分からないを説かれて、お前は何も解ってないと烙印らくいんを押されて、それで終わり。

 私は一度だって父さんに自分の主張を認めてもらったことは無かったし、その説教を正しく聞けたこともなかったと思う。そして、のどもと過ぎればそんなことはどうでもいいやと感じるように、いつもなっていた。



 でも――――でも、何が変わったんだろう。

今日は、



〝どうせそんな考え方なんて、一度だってしたことないんでしょ!? 井の中のかわずがよ!〟



 今日は――なんだか少しだけ、ちゃんと頭に入ってくる。

 「それは違う」って、心がちゃんと叫んでる――――!



「……すごいね。父さんは」

「!……マリスタ……?」

「……?」



 父さんが、細く長い眉毛まゆげを片方だけ上げて私を見る。



「ちゃんと大貴族だいきぞくって立場から、いろんなことを考えてるなって思う。ティアルバー君が学校からいなくなってさ、いろいろ考えたんだ。大貴族って何なんだろうって。私はなんで大貴族なんだろうって。ボンヤリとだけどね」

「……我々はリシディアを、この国の法を定めてきた側の人間だ。法は国のために在るもの、決してその逆ではない。そして国のためにこそ法は国をしばるが、究極的には人を縛ることは無い。人は『縛られる』という選択を自らするだけ、時には法を踏み越えていくことを求められるものなのだ。法を、国をよりよい方向に導いていくために」

「…………ごめん、ちょっとよく分かんないとこあったけど、うん。大体わかった。そういう大きい視点を持った父さんを、今は素直にすごいと思う」

「解ったなら――」

「でもね、父さん。私はそれ、違うと思うの」

「――……」



 探るような目で、父さんが私を見る。

 同じくらい真面目な目で、私も父さんを見返した。



 父さんの瞳は、いつもと変わらない緑色だった。



「や、違うっていうか……そればっかりじゃだめだな、っていうか。もちろん、そういう目も必要だとは、思うんだよ? でもね、そうやって大きな流れを作る中で……たぶん、たくさんのゆがみが生まれてると思う――思った、のね」

「……ゆがみ?」

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