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◆ ◆
「ほんっともう、何なのさアンタは! 宇宙人か!! もてあそびやがって!! 刺されるからね絶対!! むしろ刺す! 私がさす!! それはもうぶすぶすと!!!」
「宇宙人って……お前、一体何と勘違いしてたんだ? 戦いにでも来たのか俺と」
「えーえぇ、そのつもりでしたともよ!! 一世一代の戦いになるさと覚悟してこその準備だったんですよーぉごめんなさいねぇ!」
キレてるな。どこかキレてはいけない回路が。
「ていうかあんたもねぇ、魔法教えて欲しいなら魔法教えてって言いなさいよ! そうやって思わせぶりなことしなきゃ私もねぇ!」
「思わせ……?」
「なんでもないです!!!!!!!! にくたらしい!!!!!」
疲れる。
女ってのはどうしてこう不可思議な言動と行動で俺を振り回すのか。
「でも、確かに先に要件を言えってのは一理も二里もあるな。悪かった」
「ハァ……まあいいけどさ。ていうか、なんで私なのよ。もっと頭良さそうな人いっぱいいるじゃん。パールゥとか? システィーナとか?? シャノリア先生とか??? 女の子ばっかじゃんかバカ!!!」
「シャノリアには断られたと言ったろう。気軽に魔法を教えてくれと頼むほど、クラスメイトとも親しくない」
要するにお前なら良心が痛まない。
「え。それで……私に?」
「一応、俺の出自を知ってる数少ない一人だからな。クラスの中で気安いのはお前だけだ」
「やっぱり安いのか……」
「何?」
「なんでもないです。はぁ。それじゃあ、さっさと始めましょ。あーでも、私知っての通りアホだからね」
「自分で言うなよ。ホントになるぞ」
「教えるの上手くないから、期待しないこと」
「してない」
「それが教えてもらう人の態度?!?」
「うるさいな。自分で言ったんだろうが」
「う。うー……あ、でも通訳と
「…………『魔術』?」
そういえば、この世界の人間は「魔法」と「魔術」を区別して使っていた気がする。
「魔法と魔術は違うのか?」
「そりゃもう。全然違うよ。分け方は簡単。自然界にもともと存在したのが魔法。んで、人間が作った魔法が魔術」
魔法については、先に本で読んで知っていた。
魔法とは、自然界に存在する精霊――先の授業でアドリー・マーズホーンが語っていた――が、彼らなりの絵や文字である
つまり、魔法とは言葉の組み合わせによって出来ているということ。
となれば、「人が作ったもの」だという魔術とは――――
「ちょっと、聞いてんの!?」
「――ああ。聞いている」
「あやしいなぁ……まぁざっくりまとめると、その魔法を作ってる言葉をアレコレとオリジナルに組み合わせたものが魔術になるってこと。そんでこの通訳魔法と翻訳魔法――〝
「やはり魔術は魔法より難しいのか」
「使うのは別に難しくないよ。でも、魔術を作るのは普通の人じゃ絶対無理だと思う。魔法の数はまとめるのがムリって言われるほど多いし、今でも学者が世界各地で新しい魔法をどんどん見つけてるって話だよ、たしか」
「それだけ
「あんま知らないけど。開発した人が、普通の人も使えるように作ったんじゃない? だから世界中でバカ売れしてるってさ、お金持ちだよー」
……なるほど。
魔術というのはつまり、俺の世界の売り物よろしく
「じゃ、早速行くよ。まずは〝
「…………短いな。
「だから言ったじゃん、簡単だって」
「……言葉の組み合わせで
「んー、わかんない。でも作った人がスゴいのは分かるよね」
解んない、で済ませられることなのか、それ。
世界中でバカ売れ、というのもうなずける。
魔法が工夫次第でこれほどに
「ま、そのぶん効く
「自分で?」
「そう。〝
マリスタが
「魔術の発生する
「……なるほど。その光はどこにでも発生させられるのか」
「んー。たぶん」
「今の場合、その人差し指を何かしら刺激されたら、魔術の効力もなくなるのか」
「んー? たぶんだいじょぶ?」
「効果範囲の保持にも魔力が必要なのか? 体感、どのくらい持続できそうだ?」
「ん、ん、んー……? わかんない、よく使うようになったのも最近だし」
「で、光はどう発生させればいい?」
「ちょ、ちょっと待って。そんな次から次へと質問されても、分かんないことには答えられないってば」
「あ……そうだな。悪い、少し気が
「あ、う……や、頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ」
マリスタが困惑した顔で視線を外し、カップの茶を飲む。
確かトルトの時も同じ顔をされたな。担任の時も。いい加減学ばなければ。
「悪かった。
「ホント、勉強熱心なんだね。ケイは」
「――熱心?」
「うん。私には
「――――――」
――目的。
〝――――お前はどうしたい。圭〟
「……あるわけないだろ。俺は記憶がないんだから」
「実はさ、大学に飛び級して、最年少の学者になりたいとか」
「思わないよ、そんなこと」
「実は、経歴を隠した伝説の殺し屋でした、とか」
「そんな腕があるならここにはいないだろ」
「実はさ――」
「次から次へとだな」
〝殺す〟
「……何を急いでるんだ。さっきの質問の仕返し、というわけじゃさそうだが」
「あっ…………ごめん」
マリスタの顔が
「――――いや、悪い。別に謝らなくても……」
どうした、童貞。
個人的な
「……いいんだ」
……解らない。
解らないが――――一つだけはっきりしている。
俺の目的に、マリスタ・アルテアスは一切関係がないということだ。
「う、ううん。ちゃんと謝らせて。ケイだって、好きで記憶を無くしてるわけじゃないんだから。無神経なことしちゃった」
「いいんだ。目の前にいるクラスメイトの正体が解らない――――俺がお前の立場だったら、同じように不安になるだろうし」
「あ、いや、私は……たぶんケイの正体が心配なわけじゃなくて。あっ、心配してないわけじゃないんだけど、あの、あのね? あれ、私……なんで焦っちゃったんだろ、はは。ごめん、なんかわかんないや、なはは」
「そもそもだ。お前は俺の心配をするよりも、自分の成績を心配するべきだしな」
「ちょ――いま私の成績のことは関係ないでしょっ!」
知らず緊張していた空気が
そうだ。これでいい。
こいつには、こういう能天気な話題の方が似合っている。
「さあ、仕切り直しだ。通訳と翻訳の魔術、よろしく頼むぞ」
「あいあい。あ! その代わり、今度はちゃんと私とゴハン、一緒すること」
「面倒な奴だ」
「正当な
「一緒の食事が報酬になるのか?――――いや、なるのか。俺の場合」
「はいまたナルシストっ!! 止めたほうがいいってそういう考え方は」
「何度も言わせるな、これは自分の――」
「強味の正確なハアクっていうんでしょ、もーそういうのいいですから」
「お前な……」
そう。俺とマリスタは、この
遅かれ早かれ、こいつとの――――プレジアにいるすべての人との縁は、必ず切れるのだから。
以降、思考を断ち切り。
俺は意識を、魔術の訓練へと強引に没入させた。
◆ ◆
「マリスタっ!! あ、あ、あ、ああああなた!! この間、アマセ君の部屋にととととと、泊まったというのは本当なのっ??!?」
「なんであんたみたいな大して私と仲良くないヤツまでそのこと知ってんのよ??!!?」
「仲良くないとは何よっ!」
「いだだだ、髪引っ張るなヤンキー女!!」
「うっさいわね万年レッドローブバカのくせにっ!」
「むっきぃぃいい!! あんただってたった一個上なだけのグリーンローブのくせに!!」
「なによやんの!?」
「やってやるわよ表出なさいよあんたぁぁっ」
「
いがみ合い、
ウェーブの強い金髪を持った少女がマリスタの頬からビッと手を離す。
「いっった!!」
「大体何考えてんの? 女子が
「バカ力め……ふん。アレの何が不純異性交遊だか。むしろ真逆です、
(あなたも勉強しなよ……)
「べ、勉強会って……どんなことしてたの??」
興味津々な様子の小柄な女子がそう言う。金髪が鼻で笑った。
「はンっ、保健体育のベンキョウでしたぁ~なんて言わないでしょね、おぉサム~い」
「言うかバカ、あんたじゃないんだから!……どんなことって、アレよ。通訳魔法と
「通訳と翻訳?」
「んー? でもあれって、そんな難しい魔術だっけか??」
大人しそうなツリ目の少女と、前髪を上げて
「その通りよマリスタ、いくらキングオブバカなあんたでも、あの通訳と翻訳の魔術を教えるのにそう時間かかるワケないわよねぇ?」
「そうよ。だから
「……三十分くらいで、終わった?」
システィーナの言葉が、静まり返った女子の会話に投げ込まれる。
「それってつまり、そのさ、マリスタ……あとの時間は」
「ひっっったすらに、ケイの反復練習を眺めて、アドバイスして、あいつがそれを羊皮紙に書き込んでた」
「見てたの?」
「解らないことがあったらすぐ聞きたいって言うから」
「言うからって、それだけの理由で……見てたの?」
「帰してくれそうではありませんでした」
「んー?……それ、ちょっちしんどくない?」
「すんごいしんどかったです」
「でもちょっと役得だった?」
「はい。イケメンでした。って何言わせんのよ!!!」
次々と浴びせられる質問に律義に応えたマリスタが吠える。苦笑して黙っているのはシスティーナだけだった。
「あっやしー。それ、ホントの話なのぉ? 男と女が密室に一緒でベンキョウだけぇ??」
「脳内ピンク一色のアンタと一緒にしないでよ」
「だ、誰が脳内――」
「……はぁ、でもさ。正直、もう少しくらいこう、甘酸っぱいやりとりがさ。あればよかったのになって思うよ。そりゃ私だってさ。言わせんなよもぉー」
マリスタが金髪の言葉を受け流し、机に突っ伏す。
小柄が眉根を寄せ、手で下唇に触れた。
「……じゃあ、ホントのホントに、勉強だけしてたの? マリスタは」
「そうなのよ。ホントのホントーに、膝付き合わせておべんきょしてたの。……その甲斐あって、ケイ・アマセくんは見事に通訳魔法をマスターしましたとさ。翻訳魔法は修行中だけど」
「えっ、アマセ君、あの魔術失敗すんのっ!? いがぁい……」
快活少女が目を丸くする。
「んー、なんかこう、魔力に
「魔力を使う感覚が分からないって……魔力の使い方なんて、生まれた頃から誰しもやってることじゃん」
「その感覚こそ分からないのが、アマセ君って転校生なのよ」
金髪の言葉に、システィーナが答えた。
ツリ目が首を
「……不思議、だね」
「……不思議どころの話じゃない気がするのあたしだけー?」
「でも、そうなるとますます分からないわよね。アマセ君……どうして義勇兵コースに所属して――――」
「おい、大変だぞっ!」
堂々巡りを始めた少女たちの会話を遮ったのは、教室に飛び込んできた男子生徒の声だった。自然、耳をそばだてる少女たち。
「どうしたんだよ」「なんか図書室で、アマセと風紀委員の奴らが大騒ぎしてるらしいんだよ!」「アマセと風紀が?」「うわ、マジで全面対立してんだ、アマセと風紀って」「オーダーガードの件で
マリスタが弾けるように席を立つ。その勢いに体をビクリとさせる女生徒もいる中、少女はまったく関知しない様子で駆けだした。
◆ ◆
「ア……アマセ君。これ、昨日借りた本だよね?……もう読み終わっちゃったの?」
「ああ――次はこれを頼む」
予想してはいたが、この世界の本に、
その全てが分厚い紙や布で
……ひょっとすると、この世界で文庫本なんてものを考案したら、俺は小金持ちにくらいなれるのではないだろうか。
俗な話ではあるが、俺とリセルの目的を遂げるためにも金は必要だ。あの
ここで
いやしかし、既に借りたい本は制限いっぱいであることだし、急を要する事柄でもない。ひとまずは学校の庇護の中、ナイセストを倒せるくらいの力を手に入れることが先決――――
「あ、アマセ君? 貸出処理、終わったけど……」
「ん……ああ。ありがとう」
「あの……どうかしたの? 上の空だった、気がしたけど」
木製のカウンターにうず高く積まれたハードカバーの本の隣からチラリと顔を
「それはこっちの
「えっ。あ、ああいや、ううん。大丈夫だよ。あ、ありがとう。ごめんね、心配させちゃって」
「お礼言うことなんてないよ。クラスメイトなんだし」
「そ……そう、かな。そうだね。なんか、おかしいね私。ごめん」
「だから、ホラ」
「あっ……あ。ご……じゃない、その、えっと」
……ロード中のパソコンのように、くるくると回転するパールゥの脳内が透けて見えるようだ。この子は、一体何をそんなにパニックに陥っているのか。
ニコリと
「……混乱させたみたいだね。ごめん」
「あ、アマセ君が謝ることないよっ!」
自分のことで精いっぱいのくせに、こちらの言葉には必ず何らかの反応(会話が成立しているかはともかくとして)を示してくれるパールゥ。きっと人が好いのだろう。……それを口先で振り回している俺は、端から見れば悪人かもしれない。カウンターの奥にいる他の図書委員から、いやに視線を感じるし。
「でも、たぶんパールゥの気持ちは伝わったから。ありがとう」
「き――――、きもちっ??!」
「うん。素性も知れない転校生に、親切にしてくれてありがとう。正直、すごい助かってる」
「そそ――――そそそそんな!! 私なんて別に、」
「助かってるって。――俺から頼まなくても、そうして通訳魔法を使ってくれるところとか」
「――――――――――ひぇ」
?
「じゃあ俺、そろそろ行くから。俺も今通訳魔法を練習してるところだから、今度話すことがあったらお
「は……は。はぃ」
「ああ、体調が悪いならホントに、無理しないで休んだ方がいいと思うよ。それだけ。じゃあまた、パールゥ」
「ま。また……」
発声だけで精いっぱいといった様子のパールゥに背を向け、山と積まれた本を抱える。後で、あの一応
さあ、時間が惜しい。これらもまた今日のうちに読み終えて、今週末の休みにはまた演習形式の鍛錬を――――
――肩を強く突かれ、体が本と共に吹き飛んだ。
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