第2章 プレジア大魔法祭

第27話 あたらしいせかい――彼ら、と俺

1

 風。



 ほのかな何かの香りの乗った、風。



「――――」



 陽光ようこうに心地よさを感じながら、目を開ける。

 開けた青空。

 どこまでも清風せいふう

 そして風と共に天へ舞う、幾片いくひらかの花弁かべん



 芍薬しゃくやく

 その桃色の花びらを、俺はよく知っていた。



「兄さん」



 妹――――天瀬あませ愛依めいから、何度も聞かされていたから。



「――――――、」



 つややかな黒髪くろかみ

 りょう側頭そくとうで結んだ、背丈せたけ中程なかほどまで届くツインテール。

 よく着せられている、襟元えりもとが白、袖口そでぐちがフリルカットになった黒のロングワンピース。

 そこから伸びる、いやに華奢きゃしゃな手足。



 愛依は愛依のままだ。

 なのに、何故なぜだろう。

俺は――――どうに

                ね死ね死ね死ね死ね死

               死ね死ね死ね死ね死ね死ね死


 も、彼女が怖い。



 馬鹿な、妹だぞ。

 そう分かってはいるのに、がんとして体が彼女へ歩み寄ろうとしない。

 それはまるで――近所の犬に近付けない子どものように。



「兄さんは悪夢を見たの。怖かったよね」



 悪夢?



「うん。すごく怖い夢……そこにはニセモノの私が、出てきてたから。だから兄さんは、私が少しだけ、怖いの」



 そっか。

 ごめんな、愛依。意気地なしの兄貴あにきで。



「そんなことないよ。兄さんは……いつでも私を守ってくれた。どんなにひどいケガをしても、私を助けようとしてくれた。あの時の温かさを、今もずっと覚えてる。何度も私を助けてくれて、ありがとう。だから、」



 愛依が俺の手に触れる。

 その温かさと、柔らかさにひどく安堵あんどして――自分が愛依のひざに横になっていることに、俺はようやく気付いた。



「動かないで」



 いや、これは兄妹きょうだいと言えど気恥きはずかしいよ。

 大丈夫だ、俺は……自分で立てるから。



「そうだね。でも、立てるだけだよ」



 え?



「兄さんはすごく頑張った。だから、今はまだ立つことしか出来ないくらい、弱っているの。でも安心して」



 愛依が俺の手を優しくにぎめ、微笑ほほえむ。



「これからは、私がいつも一緒だから。――兄さんはすごくがんばった。だから今は、何も気にしなくていいんだよ。今はただ目を閉じて。深く呼吸して。兄さん」



 これからいつも一緒?

 バカだな、愛依は。

 これまでだって、俺とお前はいつも一緒だったのに。



 でも、そうだな。

 確かに、今はまだ少しだけ――眠いかもしれない。



「おやすみ」



 お言葉に甘えて……ひざを借りて、少し眠るとしよう。



「おやすみ」



 芍薬しゃくやくの香りに包まれながら。

 心地よい風に吹かれながら。

 温かく柔らかい此処ここに身を寄せながら。



「――おやすみ。兄さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る