7



「――――ッ、!!!」



 ひるんだナイセストのあごをヴィエルナの追撃が打ち抜く。

 反った首元に一撃。くの字に折れ曲がった首に付いてきたこめかみに一撃。

 吹き飛ぶナイセストの鳩尾みぞおちに、一撃――――



「う――うおおおぉぉぉおっっ、ヴィエルナっッ!!」

「残り時間――――」



 マリスタが時計を確認する。

 


 残り時間は、一分。



「少ない――――引き分けいけるよこれっ!! ヴィエルナちゃんッッ!」

(――――引き分け? ということは――判定・・?)



 実技試験じつぎしけんは、設定された十五分間の時間内で決着がつかない場合、勝敗は監督官かんとくかん二名による協議の下、決定される。

 勝負を分けるのは、の良し悪しではなく――試合の内容が、アルクスとして適格てきかくだとみなされるかどうかだ。

つまり。



(ヴィエルナが、勝ってしまうかもしれない――――!)



 会場の盛り上がりが最高潮さいこうちょうに達する。

 ヴィエルナは今なお、ナイセストに連撃れんげきを――無手むての弾丸を浴びせ続けている。

 ナイセストも反撃しようとしているが――練磨れんまされ、一部のすきも無いほどにまで高められた打撃のうずが立て直すことを許さない。



 究極きゅうきょく武闘ぶとうに、完全な武闘では対抗し得ない――――!



「……ヴィエルナ、」

「びえるなちゃんんんんーーーーー!!!!」

「押し切ってっ!」

「や――やれるやれる、いけいけっ!」

「キースさん――!」

「キースさーーーーん!!!」

「ヴィエルナァァァアアアアーーーーーー!!!!!!」

「キースさん、がんばれっ……!」

「ばんくるわせぇーーーーーーーー!!」

「もう、少しっ……!」

「まさか……そんな」

「――――行くかもねえ。これ」



 壁際かべぎわに追い詰められたナイセスト。

 ヴィエルナが拳を脇に固め――――裂帛れっぱくを響かせる。



 最大限に充填じゅうてんされた力を放出し、わずか短い距離を超速ちょうそくで移動して、防御を捨てた渾身こんしんの一撃をその両肩を闇が貫いた。











 その両肩りょうかたを、やみつらぬいた。











「――戦士の抜剣アルス・クルギア――」



『アァァァァッッ!!!!??』



 ――――熱狂ねっきょう一転いってん



 阿鼻叫喚あびきょうかん、次いで絶句ぜっく

 誰もが目の前の光景を理解できず、息を殺してスペースを見つめ始める。

 だが、最も状況を理解できないのは――ヴィエルナ・キースである。



「ッッ……ッ、ッ……ぁ、!、?」



 衝撃と驚愕きょうがくのあまり、声が喉元のどもとで詰まって出てこない。

 次いでやってくる痛み、認識。

 肩を漆黒しっこくの闇が貫いていた。



 それはある意味、想定された痛みであった。

 ヴィエルナは防御ぼうぎょを捨て、全ての力を込めて拳を放った。

 それを見抜けぬ相手でもあるまい、と――ヴィエルナは、ともすれば致命傷ちめいしょうを負うことになる事さえも想定した上で、同じく致命ちめいを、そして決着をもたらすべき一撃を見舞ったのだ。

 だからこそ、



(どうして――私は止まっているの・・・・・・・・・?)



 ――止まるはずが無い。

 距離はわずかに二歩。物理障壁ぶつりしょうへきも使用させみ。

 相討あいうちこそ想定せど、あの勢いが止められる道理が無いのだ。



「…………なんで…………!?」



 闇が晴れる。

 ヴィエルナを貫いていたそれが――いなそれら・・・が漆黒のヴェールを脱ぎ、その姿をあらわにする。



 少女は目を見開いた。



「…………鎌剣コピシュ…………!」


 ナイセストの両手。そこには、刃がかまとは真逆まぎゃく湾曲わんきょくした、二振ふたふりの片刃かたばつるぎ



 装飾そうしょくは一切無い。ただ漆黒しっこくいろどられた魔力まりょくが、湾曲剣わんきょくけんの形を成しているだけ。



 術者の所有属性エトスに応じた属性の武器を創り出す魔法、戦士の抜剣アルス・クルギア

 ナイセストの所有属性エトスによって形作られた、彼の所有属性武器エトス・ディミ――鎌剣コピシュ

 ヴィエルナの突進は、その独特どくとくな形の刃によって物理的に・・・・止められていたのである。



「……しかった」

「っ――」

暗弾の砲手ダークバレット



 ――数多の黒杭こっこうが、ヴィエルナの腹部を打ちえる。

 同時にナイセストが鎌剣コピシュを――ヴィエルナの肩の内を引き裂くように抜き去る。



 漆黒にまぎれ、血が飛んだ。



 両手をだらりと投げ出し、吹き飛んだヴィエルナが倒れていく。

 その光景が、けいには随分ずいぶん遅く見えて。



 再び、彼女と目が合ったとき。



 ヴィエルナの両腕から、アカがほとばしった。



 シータが口に手を当てて目をく。

 マリスタは、それが両腕を斬り飛ばされた故の出血であると気付くのに、数秒の時間を必要として。



 そのに、         右足。



「ヴィ――――、」



 太陽に近づきすぎた英雄えいゆうは、

                左足。



「エル――ナ――」



 ろうで固めたつばさをもがれ、

          首筋。



          心臓――











 ――――――――赤いローブを着た赤毛の少女が、スペースの魔法障壁まほうしょうへきに飛びかかった。











『!!!!?』



「マ――マリスタッ!!!!!」

「なにやってンだおまえェ――――――ッッッ!!!!!!!!」



 障壁に両手を、突き入れる・・・・・



「マリスタ……!?」

「ッ!? パーチェ先生どこにっ、」

「あああぁぁぁ――――――ッッ!!!!!!!!!!!!」



 障壁の魔力とマリスタの滅茶苦茶めちゃくちゃな魔力がせめぎあい、極彩ごくさいの火花と共に障壁が徐々じょじょにこじ開けられて――障壁全体がひび割れる。



 紫電しでん



雷霆のトニトルス――」



 それは、雷槍らいそうを構えたロハザー・ハイエイト。



ハスタァァァッッ――――!!!!!!!!!」



 轟音ごうおん

 空気をつんざく高い、音。



「きゃあああぁっ!!」



 エリダの悲鳴。

 障壁しょうへきの破片が魔素まそと散り消え、荒れ狂う魔波まはと共に吹き飛んでいく。

 濃密な魔波が無差別にブロックを、会場を襲い、備えの無かった者が次々倒れ込む。



「…………、…………、」



 やがて、勢いが消える。

 圭が顔を上げる。

 黒と白の入りじる煙の向こうに、彼は鮮血に沈む少女のかたまりと、



「――――――――――――」



 鮮血を浴びた静かな狂喜きょうきの目を、見た。



 煙幕えんまくの先に、二人の監督官を見る。

 一方はナイセストの手を取り、一方は――空へと手を掲げた。

 途端小さな光が手から飛び、上空で弾けると――それは色濃いまくとなり、スペースの中を観覧者の目から包み隠した。



「な……何がどうなったってのよ、コレ……!」

「アマセ君。大丈夫?」

「あ、ああ……」

「マリスタっ!」



 ナタリーの声に振り返る圭達。

 そこには――シャノリアに組み伏せられてうつ伏せに倒れている、マリスタの姿。



「離してッ!! 離してください先生ッ!!」

「落ち着きなさいッ! スペースの障壁を破壊するなんて、あなたっ……何をしてるか分かってるの!?」

「ヴィエルナちゃんが!! ヴィエルナちゃんがあっっ!!!」

「気持ちは分かるけど黙りなさい!! あなたがここで騒いでも彼女は良くならない、周りの混乱を大きくするだけだというのが――――」

『ヴィエルナ・キース再起不能さいきふのう



 幕内まくないから、トルトの声が無機質むきしつに響く。



 マリスタが、放心する。



「……さいき・・・ふのう・・・?」

『勝者、ナイセスト・ティアルバー』

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