第24話 かがり火の夜

1

「ええ、担架たんかは要らない。切断された手足も、この中に入れて。私が運ぶわ。先に行って、集中治療しゅうちゅうちりょうの準備を」

「せ――先生、この子はもう息を――」

無駄口むだぐち。いいから急げ」



 校医こういパーチェ・リコリスが、スタッフの教師に告げる。

 横ではグレーローブの風紀委員数名が、ヴィエルナを――そしてヴィエルナの手足を、こわごわとパーチェの作り出した水泡すいほうの中へと押し込んでいく。

 手足も、そしてヴィエルナ自身も、特製とくせい錬成れんせいされた水泡の中へと沈み、静かに浮かび始めた。

 血のにじみを水に溶かしながら。



「………………」



 監督官かんとくかんトルト・ザードチップはそんな緊迫した様子、そして返り血に汚れたホワイトローブに顔をしかめて――拘束こうそくしているナイセスト・ティアルバーを見た。



 頭を白と黒で二分にぶんされた少年は、うつむき加減なまま沈黙ちんもくしている。

 スペースにこれほどの血だまりを作ったにもかかわらず、そのたたずまいは至って平静なものだった。



(――平静? げぇ。あれは――)



 ――演習スペースの魔法障壁まほうしょうへきをペトラと同時に破り、一息にナイセストの所有属性武器エトス・ディミ――鎌剣コピシュを片方弾き飛ばし、もう片手首をおさえ込んでいるトルト。

 そうして少年の顔へ視線をった彼は――一瞬、みにくいほどにゆがんだナイセスト・ティアルバーの表情を垣間見かいまみた気がしたのだ。



(――とんでもねぇヤローだ、畜生ちくしょうめ。人を殺しといていまだに動揺どうよう一つ見せやがらねぇ。精神病質者サイコパスってやつだな、おぉ関わりたくねぇ)



 両腕、両足の切断。

 首筋への斬撃ざんげき

 地にかれた大量の鮮血せんけつ



〝ヴィエルナ・キース再起不能・・・・



 「再起不能さいきふのう」とは、あの場面でトルトが咄嗟とっさに放つことが出来た、ナイセストへの精一杯せいいっぱい皮肉ひにくだった。



(この出血じゃあ、もうこいつはダメだろう――面倒なこったぜ。よりによって俺が監督かんとくする第二ブロックで死人を出しやがるとは。しかも――)



「とんでもない試合をしてくれたな。ナイセスト・ティアルバー」



 重く冷えた声が、ナイセストに飛ぶ。

 ペトラ・ボルテールは、静かにナイセストをにらみつけた。



「これはたて義勇兵ぎゆうへい、アルクスへの適性を見るための試験だ。四大貴族よんだいきぞく嫡男ちゃくなんともなれば、それは重々承知のはずだろう?――それが何だ、あの顔・・・は。はっきり見て取ったぞ――おまえ、ただ自身の快楽の為だけにこの子を殺そうとしたな」



(………………こいつを、殺そうとした?)



 ナイセストは、薄緑色うすみどりいろ水泡すいほうに包まれ運ばれていくヴィエルナを――ヴィエルナの肉塊にくかいをぼんやりと見つめ、内心に問う。



 ヴィエルナ・キースを滅多斬めったぎりにしたこと。

 それ自体は彼の中で大した意味を持たず、興味も持てていなかった。



(俺は、この女を殺そうとしたわけじゃない)



「そら人殺し、外へ出ろ。監督官おれらにゃオメーの殺人ショーの後処理あとしょりに――明日の殺人ショーの準備もあるんだ。余韻よいんひたるなら便所にでも行け」



 しっし、とトルトにうながされるままに背を向け、ナイセストがスペースを出る。



〝お前はヴィエルナではない。『ケイ』だ〟



(そうだ。俺が殺そうとしたのは……)



 ――脳裏のうりに浮かぶは、血飛沫ちしぶきの中で見えた恐怖の目。



 プレジアを、己を振り回しき乱す、赤き金色の異端いたん



 返り血に染まったローブのすそを、静かににぎる。



 自身の顔が笑みにゆがんだことに、ナイセストは気付きもしなかった。



(――プレジアこの世界を作り替えるなど、断じて許さんぞ。ケイ・アマセ)



「離せッッ!!! 離せッつってんだろッ!!」

「落ち着いてくれ、ハイエイトさんっ……!」

「そうですよ先輩っ!」

「ざけんなよッ!? これが落ち着いてられるワケ――――」



 数人の風紀委員、そして教員に抑え込まれわめき立てていたロハザーが、水泡に浸されたヴィエルナを見て絶句ぜっくする。

 スペースを抜けた瞬間加速した水泡はナイセストとロハザーの間を抜け――パーチェとともに、第二十四そうから風のように去っていった。



「………………」

「………………」



 自然、かちあう視線。

 いな。ナイセストは、ロハザーを見もしなかった。



 煮えたぎるような視線をナイセストに投げつけるロハザー。

 しかしロハザーはすぐにナイセストから視線を外し、風紀委員たちのすきを突いて拘束こうそくを振り切ると、瞬転ラピドさえ用いて転移魔法陣てんいまほうじんに飛び乗り、姿を消した。



(壊してやろう。お前がこれまで築き上げてきたものを)



 ――今のナイセストに自分の言葉など届きようがないことを、ロハザーはわかってしまったから。



み固めた道を。作り上げた環境を。積み重ねた自信と力を。つないだ関係を。仲間を。絆を。一欠片ひとかけらも残さぬよう、ことごとくな)

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