5

「トドメさすなら好きにして。なんなら降参こうさんしようか?」

「バカか!? そんなことで俺の」

「メンツは保てないって? アホらし。あんたの自尊心じそんしんを満たすかクジくかだけの闘いなんて、したくないんだけど私」

「ダメージで頭イカれちまったんじゃねぇのか!? テメェが試合の開始で言ってた、ご大層たいそうな約束とやらはどうしたんだよ。戦いの途中でくらいフラフラヘラヘラすんのやめろこの腰抜けッ!」

「分かってないわね。今のあんたには、私の約束をける価値もないって言ってんの」

「――……殺すぞ、お前」



 肩透かたすかしを食らったロハザーが負けしみのように言葉を強めるも、マリスタはあくまで静かな瞳をつらぬく。



「ご自由にどうぞ。何をやっても、あんたの負けだけどね。だって私、もう勝ってる・・・・・・もの」

「…………は? マジで頭いてんのかテメェ。何の理屈りくつも通ってねぇぞ」

「そんなに言うなら通してあげようか? 『オレはずっと積み上げてきたグレーローブ。オマエは大して積み上げてないレッドローブ。だからオマエがオレに勝てるはずはない』、あんたはそう言った――――それにあんたはティアルバー君の言葉を使って、『強い者に感情だけで歯向かうな』とも言ったわ」



 マリスタが逆手さかてでロハザーを指さす。ロハザーが目元をヒクつかせた。



「それがどうした。当たり前だと何度も言ったろうがッ」

「そうね。貴族と『平民』、グレーローブとレッドローブ。強い者と弱い者。シンプルな力関係じゃない、バカな私でも分かったわ。――――だって私は大貴族だから・・・・・・・・

「……!」



 ロハザーの顔色が変わる。

 彼を差した指をひるがえし、そのまま自分の胸に手を当てるマリスタ。

 その顔は、今まで誰にも見せたことがないほどに冷たく、尊大そんだいに――――ロハザーを見下ろして・・・・・いて。



「聞いてあげようか。アンタ、弱小じゃくしょう貴族きぞく分際ぶんざいで何をだい貴族きぞくの私に歯向かおうっていうの?」

「――――、ふ、ざ」

わかる? 私はティアルバー君と同格なワケ。『平民』にが高いだなんて平然と言ってのけたあんただもの。当然、私を気遣きづかってヘーコラしてなきゃいけないはずじゃない?」

「ぐッ……!?」

「…………『自分の頭で何一つ考えてない』。『自分の信念が一つもない』。『ティアルバー勝ち馬に乗ってるだけ』。なのに『平気な顔でフラフラ平民を馬鹿にヘラヘラしてる』。全部アンタが私に言ったことよ。……笑わせないでくれる? ぜーんぶあんたのことじゃない」

「な――あ、ぁ」

「私をこんな目にあわせてさ。私の父さんが、母さんが黙ってると思う? これからどうなるか分かってんでしょうね。こっちのセリフよ――殺すぞ・・・ハイエイト・・・・・ッ!」

「………………!!!!」



 ――ロハザーは、確実に一歩あとずさった。



 その様子を見て、マリスタは口を閉じたまま大きく息を吐き――――自分のほおを、思いきりはたき抜いた。



「!?」

「……虫唾むしずが走るわ。言ったでしょ、『そんな異世界いせかいで戦いたくない』って。貴族とか『平民』とか、グレーとかレッドとか、そんなことどうでもいいのよ! 私はただ――……ちゃんとて欲しいだけ」

「み、見るって――」

今ここに立・・・・・ってるのは・・・・・ッ!!」

「!」



 マリスタが胸に手を置き、ロハザーの目を見つめて告げる。

 自明じめいの質問に面食らい、動き出さないロハザーの思考。



「私にも、やっと見えるようになった。大貴族? 貴族? グレーローブ? レッドローブ?――――違う。今、ここに立っているのは誰でもない私。マリスタ・アルテアスと、」

「――――」



 マリスタがロハザーを指さす。



「ロハザー・ハイエイトただ一人。弱小貴族なんかじゃないっ!」

「――…………」



 ロハザーが、ゆっくりと目を見開き、口を閉じていく。

 マリスタは笑い、ゆっくりとロハザーへ片手を伸ばした。



 まるで、新たな世界にまねき入れるかのように。



「大貴族じゃなくて、私を視て。弱小貴族じゃなくて、ロハザーじぶんを視て。そっちの世界が、どれだけ厳しくてキツいかは私には分からないけど……この異世界・・・・・は、そっちよりちょっとだけ楽しいから。きっと!」

「…………」



 ――気休めでしかないのは明らかだった。

 その手を取ったところで、ロハザーが持つ問題プレッシャーは何一つ解消しない。

 最下級レッドローブ互角ごかくに戦った不名誉ふめいよぬぐえず、弱小じゃくしょう貴族きぞくの汚名もそのまま残る。

いな、風当たりはより強くなる。



 ……だからこそ、ロハザーは驚く。



 問題の先送り。

 見て見ぬふり。

 臭いものにふた



 だというのに、どうして奴の言葉はこんなにも――――魅力的みりょくてきに聞こえてしまうのか。



「……は、」



 その証拠しょうこか。



 一陣いちじんの風のように、彼の中にどこからか舞い込んだのは――――底抜けの、ほがらかさだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る