第20話 ムキダシの場所

1

「……息がつまりそうなくらい、濃くて重い魔波まはだったね。ティアルバー君の……大丈夫だった?」

「え……ええ。本当に重い魔波でした……助かりますかね、相手のグリーンローブは」

「動きからも、彼女はまだまだ初心者程度ていどの実力だったと思うから……わからないね。ちゃんと備えをしておけば、ある程度防げるものだけど。精神を、心根こころねを砕かれていたら……恐らくもう戻っては来れない。――――その恐ろしさは、君の方が良く知っているかな?」

「…………」

魔力まりょくは精神と結びついたものだ。つまり僕ら魔術師まじゅつしは、普段ふだんから人より精神、心を酷使こくししているような状態だから。そんな僕たちが精神をめば、容易たやす崩壊ほうかいしてしまうんだ。――だから、君はすごいと思う。僕が言うのもなんだけど。よく自分から学校に出てこようと思えたね、君」



 皮肉でない、かざらない言葉がテインツに刺さる。

 「気に障ったら悪いんだけど」と口にし、会長は続ける。



「……家族は、無事?」

「……大丈夫でした」

「……そうか。安心したよ」

健在な家族がいない・・・・・・・・・ことが幸いしたようです」

「…………」



 会長が顔色を変える。

 少年は顔をくもらせた。



「すまない、そうだったのか。話さなくてもいいよ」

「両親とも、六年ほど前に亡くなったので。今は叔父おじ夫婦の下に厄介やっかいになっているのです。すごく世話になって。……だから、僕のために路頭ろとうに迷わせたくなかった。…………僕ごとき・・・・のために」

「……大事に想ってるんだね。さっき聞いた、転校生を散々痛めつけた貴族とは、似ても似つかない」

「…………怖かったのかもしれません」

「怖かった?」

「自分の信じた世界が、目の前で音を立ててくずれていく気がして。崩れた先にある新しい世界で、自分が異端いたんになることが、きっと僕は、怖かったんだと思います」

「……さっき聞いた限りだと。信じていたというより、妄信もうしんしていた、と言った方が正しい気がするな。それ」

「、……妄信、ですか」

「あ、気に障ったなら謝るよ。どうも昔から他人に遠慮がないというか。不躾ぶしつけでね」

「いえ……その通り、だと思うので」

「……このタイミングで言うのもナンだけど。プライドは無いの?」

「この二ヶ月、ずっとそのことばかり考えていましたから……少しは冷静に状況が見えてきたつもりです。自分がどんな大変なことをしていたのかも…………怖いのだと思います。自分の中にとどめておけず、誰かに話してしまうくらいには」

「そのくらい、怖い事だよね。自分が生きていた世界が一変してしまうのって。…………それはきっと、ティアルバー君も同じなのかもしれないよ」

「え?」

「彼は君ら『貴族至上主義きぞくしじょうしゅぎ』という、ともすれば蔑称べっしょうとしても使われる派閥はばつの頂点だと目される人、だよね。君でさえ抱いている『自分の信じたものが嘘になってしまうかもしれない』って恐怖を、彼が感じてないはずはないんじゃないかな」

「……あの人も、そんなことを思うんでしょうか」

「何言ってるんだよ、彼だって僕らと同じ、心臓一つに体一つの人間だよ? 恐怖を感じないわけがない……さっきの試合にも、それは見えた」

「試合に?」

「あの重い魔波まはだよ。あれは明らかに力み過ぎていた……あんなに魔波の圧を上げなくても勝ち得たはずだ。あの沈着冷静ちんちゃくれいせいなティアルバー君が、だよ? 何かの病気なんかじゃないなら、彼の中で何か――よほど動揺どうようするようなことがあったんじゃないのかな。と、僕は思うんだけど」

「……ティアルバーさんが、動揺?」

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