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「いや、動揺というよりも」と、ホワイトローブはあっけらかんとした口調で続ける。



「変化している、のかもね。アルテアスさんや、ハイエイト君と同じように。君はどうなの?」

「――は、」



(――僕が、なんだって?)



「……憤懣ふんまんかたい、とはこういうことです、と言わんばかりの顔だね。謝るよ」

「……謝らなくていいですよ。謝罪の気持ちなんてないでしょう」

「怒ってるねぇ、僕に対して君がそんなことを言うなんて……これでも申し訳ないと思ってるんだけどなぁ。伝わらなくって困るよ、毎度まいど

「………………」



 きっと自分に向けられているわけではない言葉を無視し、少年はスペースを見る。

 スペースには、ナイセストの「側近そっきん」などと持てはやされていたグレーローブの少女、ヴィエルナ・キースが立っている。



(……アマセは、キースさんとも戦ったと聞いた。……僕とやり合った、ほんの二週間後くらいに)



 少年が拳を握り締める。

 自分、ヴィエルナ、そしてナイセスト。

 とんとん拍子びょうしに力を付け、当たり前のように周りの者達に影響を与え続けているように見えるケイ・アマセが、彼は気に入らなくて仕方ない。



(ティアルバーさんが変わってきている。この状況に……ケイ・アマセが起こした行動によって、連鎖れんさ的に起こっている「変化」に、影響されて?)



「……どうして。どうして、僕は」

「ん? 何か言った?」

「…………いえ」



 れ出た、余りにもみじめすぎる感情を、慌ててしまいこむ少年。



 しかし、広がり始めたどす黒い感情は留まるところを知らない。

 ただただ少年の中で、水にたらされた絵の具のように少しずつ、確実に広がり、浸透しんとうしていく。



「…………ッ」



 ――僕と同じ舞台に立っていたあいつが、ティアルバーと対等になれるのなら。



 自分だって、対等になれなければ嘘ではないか、と。



「身の程知らずだよね」

「え……」

「アマセ君のことさ。普通は、自分とは立場の違う人とか、なんとなく苦手な人とか、敬遠けいえんしたり、いらない気をつかったりする人が誰しもいるものだろ? でも君に聞いた限りじゃ、彼は物怖ものおじせず、どこまでも無謀むぼう無粋ぶすいに突っ込んでいく。身の程知らずな上に空気を読まない――普通の神経じゃとてもそうは出来ないよ。必ず誰かを傷付けるし、『傷付けた』という良心の呵責かしゃくにもさいなまれることになる」

「良心の呵責……」

「一番自分を精神的に追い詰めるのはある意味、自分だからね。でも、彼はそれにだって苦しまない。まるで心がないみたいに。僕それ、心底恐ろしいと思うけどね。人間味が全く感じられないじゃないか。――――彼だって、恐ろしくないわけじゃないと思うのだけど」

「……恐れ」



(……僕は、身の程をわきまえていた)



 少年が、再び拳を握る。



(だって僕は――僕は、恐ろしくてたまらなかった。ティアルバーが、)



 対等になれなかったのでなく、なろうとしなかった・・・・・・・・・己を、自分の中に見つけたからである。



(……ケイ・アマセが)




◆     ◆




「い、いい加減泣き止みなさいっての、あんたはもうっ! よーしよしよし!」



 エリダはお手上げ、といった風情に降参の意を示し、力無く笑ってみせる。



 その肩に、長い金髪にうずもれるようにして。マリスタ・アルテアスは、いまだ動けずにいた。

 けいねぎらいにほだされて十数分。

 彼女の目には依然いぜんとして、後から後から涙が伝っていたからである。



「う。うん。あの……ごめん。私も、あんたなんかの胸をいつまでも借りてたくなんてないんだけど」

「はったおすわよこのバカ娘?! だったらとっととはーなーれーなーさーいーよこのッッ」

「ううう~~っっ!!」



 肩を揺さぶって引きはがそうとするエリダ、だあだあと涙を流しながらしがみつくマリスタ。

 パーチェ・リコリスはそれを横目に小さくため息を吐きながら、目の前の患者・・――――パールゥ・フォンとリア・テイルハートへと意識を集中させた。



「気分はどう?」

「は――はい。だいぶよくなりました」



 椅子いすに腰かけ、力なく笑う桃色ももいろ

 そんなパールゥから視線を戻し、リアもうなずいた。



「十中八九、魔波まはあてられた・・・・・のよ、あなた達は。突然だったし、近くであれだけ巨大な魔波を浴びたのも初めてだったんじゃない? 魔力回路ゼーレがビックリしちゃうのも無理ないわ――他に気分が悪いって子、いない?」

「だいじょぶー!! シータに守ってもらったからっ! ありがと先生っ、ありがとシータ!! すりすりー!」

「ゎやっ??! ちょ、ばかじゃないの、くっつくんじゃっ……」



 とっさに障壁しょうへきを展開して周囲の者を守ったシータに、パフィラが飛びついて頬擦ほおずりする。

 それを冷めた目で見ていたナタリーが――視線をシスティーナに移す。



「システィーナ。あなた、あれだけの魔波を浴びてよく無事でしたね。障壁も展開していなかったのに」

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