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◆     ◆




 ――道理が無い。



 それだけだ。

 ナタリー・コーミレイがパールゥ・フォンを排斥はいせきする理由など、それで十分なのだ。


 人の内情を決めつけ、無理矢理にえぐり出し、正面から殴り合うことを強要する。

 そんなやり方のどこに、正しさがあるというのか。

 つまりこの恋に病んだ女のやっていることは、そもそも悪なのだ。

 


 だというのに。



(…………この体たらくは何なのですか? ナタリー・コーミレイ)



 衝撃。

 打ち損じたのか耳を平手で打たれ、鈍痛どんつうと共に音が遠くなる。



 ければいいだけの話だ。

 ナタリーとパールゥには、戦闘への心得と下積みに大きな差がある。

 ゆえにナタリーが少しその気になれば、彼女を負かすことなど造作ぞうさもないはずで。

 


〝あんなめ言葉、私他にあなたから聞いたこと無いよっ!!?〟



 なのに、彼女の体はがんとして動くことを拒否していた。

 たった今突き付けられた言葉への脳内処理のうないしょりに、意識の全てを持っていかれてしまっていた。



(……余人に出ない、め言葉?)



 彼女はコーミレイ家の者。

 この世界全ての謎を解き明かし、情報を後世へのこすことを至上命題しじょうめいだいとする一族。世界の編纂者へんさんしゃ



 そして、コーミレイの一人娘であるナタリーにとって目下もっか最大の謎になりつつあるのは、このリシディアという国に蔓延はびこるブラックボックス。



 愛国ではない。

 義憤ぎふんでもない。

 ただただ彼女は、真実を知ろうとしているだけなのだ。



 ゆえに利用できるものは、何であれ利用するだけ。

 蛇蝎だかつごとく嫌いな相手であろうと、利用価値があれば近付くだけ。



 だが、彼女も独自の魔術を持つ一族のはしくれ。

 表立ってその目的を話すことは、固く自分に禁じていた。



〝時間を与える代わりに、私に情報を寄こしてください〟



(…………禁じて、いた・・?)



〝信頼してる人にしか――出ない言葉だよッ!!!〟



 真上から、顔をつぶされる衝撃。



 頬でねじられる拳が頬骨ほおぼねし、にぶく強い痛みをナタリーに伝えた。



「分かってるくせにっ……ホントは分かってるくせにっ。あなたはケイ君をっ……」

「…………」



 じわり、と舌に血の味が広がる。

 ぐりぐりと押し付けられる拳に、伸びきった首が痛む。



「……信じてる・・・・。あなたとケイ君は信じあってる。お互いに、ものすごくっ。まるで運命みたいにかれ合ってッ!」

「…………」



(――ああ。そうなのか)



 鉄の味を飲み込む。



(私は、信じているのか。あの男を)



 拳が、飛んだ。



 シャノリアが口元を押さえる。



 るパールゥ。

 ひしゃげ、飛んでいく眼鏡。



 拳を下げたナタリーが、よろよろと立ち上がった。



(――「ムカつく」)

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