第35話 よみがえる不穏

1

 弾ける光が薄闇うすやみを消し、逃げる少女の影を壁に映し出す。



 その刹那せつなの光さえ避けるようにして、ヴィエルナ・キースはプレジア第二層を走っていた。



(――一人じゃない)



 背後からは依然いぜん足音。

 そして建物の上伝いに、こちらをのぞき込みながら付いてくる者の影。



(あんな仮装かそう、今年は一回も見たことない。こうして誰かを追いかけるイベントなんかも、前夜祭ぜんやさいであるとは聞いてない)



 前夜祭を回っていたヴィエルナを、突如とつじょ人気ひとけのない場所で襲った黒装束くろしょうぞくに仮面をつけた人物。

 当然、ヴィエルナはそんな人物に面識めんしきはない。



(……外部の人?――――私を、どうしようとしているの)



 英雄の鎧ヘロス・ラスタングで強化された感覚が、黒装束が未だ彼女の後ろを付いてきていることを知らせる。

 ヴィエルナは少しだけ眉根まゆねを寄せ――わずかに血のにじむ左腕ひだりうで裂傷れっしょうを、押さえる。



(あの人たち、強い。このままじゃ間違いなく捕まる)



 実力差を、たった一度の交戦でつかんだヴィエルナ。

 故に彼女は、飛んで逃げる選択肢せんたくしることも叶わない。戦闘などもってのほかだ。



(――それにきっと、あの黒い煙をまとった手に触れたら一発でアウト。私はまだ英雄の鎧ヘロス・ラスタングを発動するのでやっと。――詰みだなこれ。早く打開しないと)



 在学年数の長い彼女は、常識として知り得ている。

 自分は自由に逃げているようで、上からのぞいている者に誘導されていると。



 徐々じょじょに、袋小路ふくろこうじへと追い詰められていると。



(……ダメかもしれないな。今回も・・・



 腕の傷を押さえる。

 前回の・・・傷は、今回よりもう少し低い位置にあった。



 もしそこを斬られていれば、どうなったか分からない。



(……何か、手掛てがかりを残せないかな。――――彼ら、一体何者なんだろう)



 自分に起きる、最も可能性が高い結末を想像し、ヴィエルナは思考をめぐらせる。



(さっき、少し戦ったけど。あんな動きや立ち回り、義勇兵ぎゆうへいコースでは感じたことが無いと思う。風紀委員会ふうきいいんかい把握はあくしてるデータの中にも、あんな武器を使う学生の記録は無かった……はずだし)



 振るたび、そして踏み込むたび、ピシピシと痛む四肢しし

 心なしかヴィエルナは、背後の足音が近くに聞こえる気がした。



(……外の人の可能性が、一番高い。そして二人とも、あのお面と黒い服。何かの組織が――)



 背後、一際ひときわ重い足音。



「っ!」



 直感で、ヴィエルナが眼前を警戒けいかいする。

 直後進行方向に現れた黒装束くろしょうぞくの黒煙をまとった手。ヴィエルナはすんでのところでかが回避かいひ、黒の股下またしたを足からすべってくぐり抜けた。



「!」



 脇目もふらず走るヴィエルナ。

 再び追ってくる気配。

 先程と何も変わらない状況。



 ――このような状況を「いたちごっこ」と呼ぶのだろうと、ヴィエルナは知っていた。



(……瞬転ラピド。使ってみようか)



 足に意識をる。

 細くも無駄むだなく鍛えられた両脚りょうあしは時折痛みを伝えてくるものの、それだけではある。



 だが、瞬転ラピドを使って状況が良くなる保証はない。

何よりまだ切断から二ヶ月だ。

 下手を打てば、直るものも直らなくなる――――



(――でも、死ぬかもしれないより、いいか。ダメで元々、最後まであがいて)



 眼前に黒装束くろしょうぞくの手。



「ッ!?」

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