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「……一緒に見ることになりそうだね、なんだか」

「……エルジオ先生」

「彼を追ってここまで来たんだろう? 僕もさ。いきなり飛び出した彼を、マリスタが必死に追いかけ始めたもんでね」

「…………」

「……苦労するね。お互い」

「…………きっと。私の方が、もっと苦労すると思います」

「え?」

「………………」




◆    ◆




 闇の中。

 会場全ての注目が前方の暗闇に集まったとき――その歌は、花が開くように静かに始まった。

 きりの中から現れた少女は、たくさんのフリルとベルト――腕や足首にもついている。そういうアクセサリーなのだろうが理解がおよばない――がついた、黒を基調にしたシックなワンピースという姿で、ゆっくりとステージ前面に歩みで、歌い始めた。



 響くよりも、染み入るようなき通った声。

 はかなさの中にしんね備える歌声が切なさをうたうアップテンポな曲に乗り、鼓膜こまくから脳をふるわせるような感動を届ける。



 静まり返る会場。

 そんな中でも、観客達はある種の熱狂でもって――歌声とともに揺蕩たゆたう会場の一体感と共に心をらし続けている。



 かと思えば、打って変わった不可解な歌詞を、熱量ねつりょう至妙しみょうな口回し、そしてその小柄こがらな体の使い方を良く理解した蠱惑的こわくてきえるダンスで華麗かれいに歌い上げていく。

 観客達がそれぞれに魔力まりょくめたサイリウム――ケミカルライトに酷似こくじした発光はっこうぼうを振り、彼女の声に応じて合いの手を入れる。どういう理屈でそうなっているのか、少女の求めに応じるたび、サイリウムの発光が増して光を放ち、まるで蛍火ほたるびのように球形となって会場を、ステージを浮遊ふゆうするのである。



 お膳立ぜんだてされた一体感を一切崩さぬまま――――歓声のうずに包まれ、スポットライトに汗をきらめかせて笑う、天瀬愛依あませめい



 いや――――リリスティア・キスキル。



 認めざるを得ない。

 此処ここには今、ステージの少女をよく知った者達が大勢集っている。

 聞けば彼女はなんと義勇兵ぎゆうへいコースで、前回の実技試験では第一ブロックで準優勝を果たしたというではないか。

 転校生らしいが、ここに来たのももう二年も前になるという。

 俺がこの世界のことなど露ほども知らなかった時期だ。関連性は薄い。



 考える可能性は山程やまほどある。

 だが、ひとまず今は――――彼女が天瀬愛依でなく、リリスティア・キスキルとしてこの異世界いせかいに存在していることを認めるしかない。否定ひていするだけの材料が何もない。



 そんな思考と、熱狂に翻弄ほんろうされているうちに――――あっという間に、ライブは終了していた。



 立ち上がったファン達による万雷ばんらい拍手はくしゅに包まれる少女。

 歌姫うたひめと言わしめるだけの貫禄かんろく威信いしんが、そこには確かに存在した。



「ああああ……よかった……リリスちゃんよがったぁ゛……」

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