8



 ロハザーの言葉に、静かな視線を返すヴィエルナ。

 ロハザーが苦しそうに目を細めた。



「……勝てると思ってんならとんだお門違かどちがいだぞ。ナイセストは次元が違う。それがわからねぇお前じゃねぇだろ、ヴィエルナ!」

「…………」

「……お前は空気に影響を受けてるだけなんだよ」

空気・・?」

「そうだ。アマセとかマr――アルテアスのやつが作ってる、『貴族きぞくと「平民へいみん」の力関係を変えないといけない』みてーな空気にだ。熱に浮かされてるのと変わんねぇんだよ」

「………………空気、か」



 ヴィエルナが意識を遠くへ送る。

 ロハザーは気付かない。



「『もしかしたら』なんて気持ちでナイセストに挑むな。『たら』とか『れば』とか、そんなあやふやなモンでナイセストに立ち向かえるワケねぇじゃねぇか。しっかり頭働かせろヴィエルナ・キース。ヘンな空気に、一時の熱狂に飲まれるようなお前じゃ――」

「マリスタと、たたかってみて。どうだった?」

「――なんだと?」



 ヴィエルナが小さく微笑ほほえむ。

 ロハザーの切迫などどこ吹く風、といった風に。



「楽しかった、んじゃない?」

「き。急に何言って」

「あんなに、晴れ晴れしてた、ロハザー。久しぶりに、見たから」

「……ぁ……」



 ――事実だった。



 全力の戦い。

 何も虚飾かざらず、何もいつわらず、何も考えず。

 貴族も大貴族も「平民」もなく、ただ目の前の相手に向かい合い、決着の一瞬を探し続ける――――たたかいの感覚。



 あの瞬間、ロハザーは風紀ふうき委員いいんであることも、貴族であることも、ハイエイトであることさえ忘れ、マリスタとの戦いに没入ぼつにゅうしていた。



「だから、私も。決心できた」

「け――っしん、だと?」



〝もし私の力で、そんな空気をほんの少しでも変える手伝いが出来るんなら……私に変えられるなら、やってみたいって思うの〟

〝……ねえ。私も、それ。一緒に、やっても。いい?〟



「迷ってた。私は風紀委員で、ちっぽけだけど貴族で。守らなきゃいけないもの、たくさんあって。――そんな私が、行動を起こせるかな、って。起こして、いいのかなって」

「起こしていいワケねぇ――いや、起こすべきじゃねぇ。ナイセストが言ってただろ、『今ある世界に、感情だけで歯向かうことは許されない』って。今のお前は、」

「私、もっとロハザーの笑う顔。見たいよ」

「――――な、」

「私は風紀委員。そしてあなたの友達。あなたやみんな、もっと笑顔にしたい。……闘うあなた、見て気付いたの。……ナイセストの目指す場所には、誰の笑顔もないって」

「…………そんなの、」



 ロハザーの目に、ヴィエルナが遠くうつる。



「感情だけで歯向かうこと、許されない世界、だけど。だったら世界を、変えていかなきゃ。その動機になるのは、いつだって感情だと思う。――行動し続ければ、変えていける。ケイはそれを、示してくれた」



 ――二人の灰色の前に、一人の赤色が現れる。



 ロハザーが赤を――ケイ・アマセを見る。

 けいも同じく、ロハザーを見た。



〝無駄に波風立ててないで逃げろバカ野郎が。テメェがもう少し物分かりよくあたま低くしてりゃ、そもそもこんな騒動にはなってねぇ〟

〝これからは、もっと気を付けて生きよう。貴族でも『平民』でもないこの身のほどは、十分思い知った〟



「……俺は言ったよな。『物分かり良く頭を低く、もっとカシコく生きろ』ってよ」

「あのときの了承は撤回てっかいすることにした。強いものが弱いものを支配するという当たり前に、感情だけで歯向かおうとした弱者に、ついさっき・・・・・心を打たれたものでな」

「――……誰のこった、そりゃあ」

監督官かんとくかんより遅れてんじゃねぇアホたれども。さっさと位置につけ」



 通り過ぎざま、トルトが二人に告げる。スペース上空へとぶトルトを見送り、二人は――灰と赤は、どちらともなくスペース内部へを進める。



 第二ブロックが、いっそう熱気と緊張感に包まれた。



 視線を交わす灰と赤の少年。

 それを見つめる灰と赤の少女。

 観覧席の、食堂の、プレジアの面々。



 ――その男・・・も、実に愉快ゆかいそうに顔をほころばせた。



「おやおや。そんなに楽しみにされていたのですかな? ティアルバー殿・・・・・・・



 隣の初老が――プレジア学校長クリクター・オースが言う。

 応じ、ディルス・ティアルバーは更に笑った。



無論むろん。あのようなかわいた目を見せられては、否が応でも心はおどる――――さぁ足搔あがいてみせろ。誰とも知れぬ馬の骨よ」



 クリクターがディルスから視線を外し、スペースを見る。



 時は、終わりへ加速する。



「では第二ブロック二回戦、第一試合。――――始めろ」

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