25

「む――無責任だよナタリー! 人を違法者扱い」

「してませんよ。私はシータが違法に関わっている可能性があると言っただけです。シータ自身が法を犯したとは言ってません。可能性は考慮こうりょさせてもらいましたが」

「ッ……!」

「そう目くじらを立てないでくださいよ。そもそもが仮説、取るに足らない妄想もうそうだと言ったでしょう。私も『目撃した者を襲っている』証拠しょうこを探そうとはしているのですが……まあ、とりあえずはシータの精密検査を待って――」

「ねえ、」



 シータが、動揺どうようを隠しきれない声でつぶやくく。

 不意を突かれたナタリーが言葉を切って彼女へ視線を向け、周囲もそれにならった。



 シータは酷くおびえた様子でそれらの目を見返すと、



「私、見たこと無いんだけど。赤茶色あかちゃいろの化け物なんて」



 そう、口にした。



「……忘れたの? 実技試験じつぎしけんの第二ブロック決勝戦でのこと。まだ二ヶ月前だよ?」

「じ、実技試験のことは覚えてるわよっ。けど、赤茶の化け物なんて見たこと無いわ。みんな何のことを言ってるの?」

「…………」



 問いかけたリアが困惑した様子で立ち尽くす。

 目をわずかに見開いて固まったままのナタリー。

 ギリートが相変わらずの空気を読まない声色で「おっとそう来たかぁ」などとつぶやいた。



 赤茶の化け物――「痛みの呪い」が生み出したあの赤銅しゃくどう髑髏どくろがどんな圧を持った存在であったかは、その一撃をこの身に受けた俺が一番よく解っている。思い出そうとするだけで、呪いの後遺症こういしょううずき出すほどだ。



 忘れられる訳が無い。

 シータは確かにその目に赤銅をとらえたはずだ。



 それをおぼえていないというのなら、それは。



「……記憶を飛ばされている、ということですか」

「記憶を……!」

「それもどうやら、『痛みの呪い』の記憶だけを。検査じゃわからなかったわけだわ」



 クリクターの声にパールゥが応じ、パーチェが嘆息たんそくしながらそうらす。

 パーチェはシータのベッドに手をえ、顔を近づけた。「う」とシータが狼狽うろたえる。



「思い出してみて、実技試験のことを。一日目のことはどこまで覚えてる?」

「い、一日目は……大体のことは覚えてると思います。食堂で友達と観戦して、マリスタの応援おうえんからは第二ブロックの演習スペースに行って……その後は全部そこで試合を見ました」

「勝敗は?」

「お、覚えてますよ。一回戦の勝ちはアマセ君とハイエイト君…………キースさん、ティアルバー君。二回戦はアマセ君とティアルバー君」

「二日目は?」

「二日目は……第二ブロックの決勝戦を見に、二十二層に行って……」

「……そこからが曖昧あいまいなのね」

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