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「そしてもう一つ。――――このマリスタ・アルテアスさんたち、中等部六年二組・四組のやっている劇の出演者でもあるケイ・アマセ君は、何故か・・・アルクスによって拘束されているそうなんです! この理由も、私達は詳しく知ることが出来ません!」



 一呼吸置き、群衆の反応を見るリリスティア。

 ざわめきに加わるのは、プレジアの生徒達だけでない。外部からの来場者も、歌姫の声に耳を傾け始めていた。

 リリスは人の多い往来おうらいへと体を向け直し、さらに続ける。



「ケイ・アマセ君は、彼らの劇で主役級の働きをする、大きな役を演じています。彼がアルクスによって不当に拘束されていることにより、マリスタ・アルテアスさんたちは…………もう劇を上演することが出来ません。学校長からの連絡で、今日までは学祭の開催が認められているにも関わらず、です! こんな横暴が許されていいと思いますか!?」



 どよめく群衆。

 口々に学校長、そしてアルクスへの不満がれ聞こえ――――その波の果てを、もはやマリスタらは視認できない程になっていた。



 目を見張る空気の変化に、唖然あぜんとしてリリスを見るマリスタ。

 しかしそんな視線を受けてもなお――――リリスは、涼しそうな顔でマリスタに笑いかけ、そして手を伸ばした。



「――――へ?」

最後の一押し・・・・・・は、あなたの言葉で聞かせてあげて」

「――――――。ッ!」



 マリスタがリリスティアの手を取り。



 大貴族の一人娘が、今群衆の前に姿を現す。



「………………!!」



 ――向けられる数多あまたの視線に思わず凍り付くマリスタ。

 しかし真横で突然握られた左手が、彼女の硬直を一瞬で弾き飛ばす。



「――――り、リリスちゃ」

「頑張って!」

「――――、」



 圧倒された表情のまま、マリスタが群衆に顔を戻す。



 向けられる眼差しは、これまで彼女が浴びてきた類のものとは、全く違っていて。



 そしてマリスタは、その眼差しをどこか懐かしく感じた。



(……こんな感じ、どこかで)



〝マリスタ・アルテアス気絶。よって勝者、ロハザー・ハイエイト〟



 ――思い出すのに、そう時間はかからなかった。



 眼前の相手に必死で、今の今まで気にも留めなかった――いな、忘れていた、実技試験の時の観衆の目。



 そのときも、マリスタは一身に受けていたのだ。



 一人一人の目に宿った、大きな希望と期待の感情を。



「――――力を貸して欲しい」



 気が付けば、言葉は少女の口をいていた。



「成し遂げたいことが、戦わなきゃならないことが、たくさんあるの。でも、知っての通り、私には何の力もない。私ひとりじゃ、何も成し遂げられないの。だから力を貸して欲しい。一緒に学祭を――――友達を取り戻すのに力を貸してください!! お願い!!!」



 頭を下げたマリスタの姿に、賑やかな通りが一瞬の静寂せいじゃくに包まれる。

 その静けさを破るのは、一人が打ち鳴らしたかわいた音。



 うるんだ目でマリスタが、人々が音の下へと視線を投げる。

 そこには神妙な顔で、壇上だんじょうの少女たちに拍手を送る、ナタリー・コーミレイの姿。



 リリスティアが笑い、マリスタの横で同じく拍手を打ち始める。

 時を置かず、その音はひとつ、またひとつと増え続け――――いつしか第二層を包む、万雷のような拍手と喝采がマリスタに、リリスティアに降り注いだ。



「……みんな……!」

「私も協力するよ、アルテアスさん」

「!」



 リリスティアが、その整ったまゆを吊り上げて攻撃的な笑みを見せながら、マリスタに手を差し出す。



「アマセ君と学祭を取り戻そう。『みんな』の力を、見せつけてやろうよ!」

「……当然!」



 手を握り合い。

 万感ばんかんの笑みで、マリスタは目尻めじりで涙を光らせた。

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