3



 何もわからないからこそ、ビージ・バディルオンはその先を口にした。



「! ビージ……きみ、もういいのか?」



 こたえたのは、他の風紀委員と共にやってきていた眼鏡めがねの少年、チェニク・セイントーン。

 視線を交わした二人は互いにしばし黙り込み、ややあってビージが口を開いた。



「……さっき目ェ覚めたんだ。……さっきの試合が、終わる直前にな」



 「さっきの試合」。



 ビージの、チェニクの顔がくもる。

 誰の脳裏のうりにも鮮明に焼き付いた、処刑しょけいの一瞬。

 ヴィエルナの手足を易々やすやすと切断したナイセストの一撃。



 誰も何も言わない。

 マリスタが、切々せつせつとした目で治療房ちりょうぼうを見た。

 未だ誰も出てくる気配は、ない。



「黙ってねぇでよ……誰か教えろよ。なんでキースはティアルバーさんと戦ってたんだ。なんでティアルバーさんはキースをあんなに――!!」

わかんねぇから黙ってンだろうがっ。もう俺には、あの人が何を考えてんのかさっぱり解ら――――」



(…………「もう、解らない」?)



 ロハザーの言葉が止まる。

 不自然に切られた声に、全員が耳をそばだたせる。



(……もう解らないも、何も。俺があの人をわかってたことなんて……ただの一度でもあったかよ?)



 ロハザーが、風紀委員達を見回す。

 誰一人、今のナイセストをわかる者はいない。



(…………「我々俺達」って、何だったんだ?)



 これまでのナイセストを知る者さえ、そこには誰一人居なかった。



「――違う。最初から知らなかったんだ、俺達は。俺らはあの人を……ナイセスト・ティアルバーってヤツ・・のことを何一つ――――誰一人見ちゃいなかった」



 ロハザーの声が場にしずむ。



 その言葉に反論はんろんする者もまた、皆無かいむだった。



「話そうよ。それじゃあさ」



 ――言葉の意味が理解できず、風紀委員達はただマリスタを見た。

 マリスタが生唾なまつばを飲み込んだ。



「……やっと言える。ティアルバー君はやっぱりおかしいよ。貴族だとか『平民』だとかのことは私、全然分かんないしけどっ。ティアルバー君が間違ってることだけは、今はハッキリわかる。だから話そうよ、ティアルバー君と。あなたは間違ってるんだって!」

「ま、マリスタっ――」



 語気ごきを強めるマリスタをいさめようとシータが声を出す。

 しかし、その声に応えたのは――チェニクだった。



「無理だよ、そんなのは」

「無理ってどういうことよ」

「僕――僕は。あの人と話したくなんてない。殺されたくない――テインツみたいに・・・・・・・・なりたくないんだよ・・・・・・・・・! みんなだってそうだろっ?」



 チェニクが風紀委員達に投げかける。誰もが目をらした。

 マリスタが顔をいからせる。



「何言ってんの――ビビってんじゃないわよこんな時にっ! あなた達、みんなヴィエルナちゃんのやられ方を見たんでしょう!? それでそのザマなワケ!?」

「失うモンが何もねェ奴は気楽でいいよな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る