31



 ――違和感いわかん



 それを感じた時には、一度目の剣戟けんげきは終わりを告げていた。



 ゼタンに弾き飛ばされ、床を転がるクローネ。



 黒騎士くろきしが極限まで技をみがいていようと、相手は神。

 神が生まれ持つ、文字通りの神業かみわざを前に、人間であるがゆえ完璧には至れないクローネの剣は太刀打ちできないのが道理なのだ。



「…………」



 剣を支えに起き上がるクローネ。

 薄ら笑いを浮かべ、その様子を見守るゼタン。



「そうら。火山がいている。お前の魂を呼んでいる」

「そうかな。俺にはお前を呼んでいるようにしか聞こえない」



 台詞をつなげながら、ギリートと目を合わせる。

 静かな青い目が、静かに落胆を語った。気がした。



 剣を握る手に感じた違和感いわかん

 その感覚を覚えている――あれは、ギリートが俺の握る剣をへし折ったときと同じもの。



 何のつもりだ、ギリート。

 ここまできて、芝居をメチャクチャにするつもりか――――



 ――駄目だめだ。応じるな。



 刹那せつな、目を閉じる。

 時間にしてほんの数瞬すうしゅんだ、芝居しばいには影響しない。



〝今の力の最大限、君のすいを見せてくれ〟



 ギリートはあのとき、そう言った。

 だが俺はまだ呪いにさいなまれ、奴に力の粋を見せられる状況にない。



 今、あいつの求めに応じることは出来ない。

 最優先にすべきことは――――



「おおっ!!」



 二度目の応酬おうしゅう。仕掛けたのはクローネだ。

 クローネの気合と共に、ゼタンの剣と打ち鳴らされた魔剣まけんルートヴィスハイゲンから、粉雪のような青い魔素まそが散り――――それらがいくつもの剣をかたどってゼタンに向く。



「!」



 魔剣の軌跡きせき辿たどり、たったひと振りで十五もの多段攻撃を見舞う魔素の剣。

 魔弾の砲手バレットのように滞空たいくうし、主に付き従い攻撃を加えるその魔術にゼタンは押され、とうとう自分から大きく距離きょりを取り、



「――ああっ!!」



 黒騎士がかざした手に呼応し、融合して巨大な剣となった青い魔力が、ゼタンの肩口を斬り裂いた。



 客席へと吹き飛び、倒れたゼタンが体を起こす。

 至近距離しきんきょりの客は当然、驚きにポカンとしている。



「――それが最強と名高き黒騎士の剣か。さてどう攻略したものかな」

「それだよ」

「何?」

「今気付いた。お前にとってこの戦いはたわむれだ。自分の役割だなんだとのたまっておきながら、お前は、どこかこの俺達との戦いを楽しんでいる。それこそがお前の堕落だらくの証だ」

「一度言ったことを再度確認するな。何のつもりなのだ」

「……俺はそれが、お前達と俺達との可能性だと思う」

「……可能性?」



 ゼタンの剣がわずかに下がる。

 肩の傷は一瞬煙のようにゆがみ、あっという間に完治かんちしてしまった。



「お前も俺も、堕落した存在であるなら。もう俺達をけるものは何も無いんじゃないか? 人間も神も無い、ただ一個の命として、この世界で共に生きていくことは出来ないのか?」

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