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 少女ののどが鳴り、抜けた声が出る。



 心臓を貫かれたような衝撃が、力無く開かれていた少女の目を覚醒かくせいさせる。



 ココウェルはその少年に見覚えなど無い。

 どんなに記憶を辿たどっても、名乗った覚えなど無い。



 誰も彼女を知らなかった。



 尊大そんだいに名乗りをあげなければ、誰も自分を認知してくれなかった。



(――彼は、本当にわたしの名を知っていた――――?)

「――敵を除きます」

「……え?」

「もし、私めが殿下の眼鏡に適うなら――――ここ一度だけ、この拘束こうそくを解いてはいただけませんか」

「――――、」



 背を向けたままそう告げる無礼。

 それを詫びもしない更なる無礼。



 しかし、それが状況をつぶさに読んだ――――油断ならぬ敵を前にするゆえの態度であることは立ち姿から十二分じゅうにぶんに伝わってくる。



(…………信じていいのか?)



 明確な根拠こんきょ皆無かいむだった。




 拘束具こうそくぐがあれば魔力を使えず、それを解けるのは王族の魔力しかない。

 拘束こうそくを解いた途端、命惜しさに逃げ出すだけかもしれない。

 自分を連れ出し、より酷いことをするつもりかもしれない。

 リシディア王国のことなど、微塵みじんも考えていないかもしれない。

 もしかすると、国を乗っ取るにふさわしいのは我々だとすら考えているかもしれない。



 ティアルバー家がこれまで行ってきた悪行を考えれば、彼らがリシディア家を救う道理など欠片もないようにしか思えない。



(――思えない、のに)



 ココウェルが眼前の背中を見る。

 拘束され衰弱すいじゃくし切っていてもおかしくないその体はしかし一分も揺らぐことなくまっすぐに彼女の前にそびえ立ち、一糸いっしの乱れもなく敵を見据みすえ続けている。



「ふぇ……フェゲンさん?」

「何やってんすか? るなら今――」



 とっくに剣を構えている老騎士ろうきしは、両手と魔力の使えない相手を前に何故か仕掛しかけてくる素振りさえ見せず、微動びどうだにせず相手を警戒しているように見える。

 緊張に疲れた悪漢の声がそれを裏付ける。



 何より、ココウェルの心が訴える。

「彼の言葉に乗れ」と。



「彼に救いを求めろ」、と。



「――――っ、」



 拘束具を解くにはじかに触れる必要がある。

 投げられた剣が突き刺さりもはや風前ふうぜん灯火ともしびとなったこの命に、再び鞭打ち立ち上がる必要がある。



 その一挙いっきょで、この命は絶えてしまうかもしれない。

 何よりそんなことをしても、更なる絶望に突き落とされるだけかもしれない。



 今ここにある恐怖と絶望が、ココウェルの心を際限さいげんなくさいなむ。

 しかし彼女は、



「――――ッッ、くふ、」



 リシディア王国第二王女ココウェル・ミファ・リシディアは、立ち上がる。



『!!』

「ね――ねえフェゲンさんったら、」

『おい――おいフェゲン何してる、おい!』

『じいさん、ちょっと……ねえ!』



 敵の声がする。

 腹の傷がとんでもない熱を持つ。

 引きしばった口から血がもれる。



 そんなものがどうでもよくなるほどに、希望が目から滂沱ぼうだこぼれた。



「……お願い、」



すがり付くようにして少年の服を握る。



「どうか助けてください、」



 少年を支えに立ち上がる。



「わたしを――――この国を、」



 その背に泣き付くようにして、



「この城を――――っっ、」



 背から手を回し、げられた手の拘束に触れ、



「ッリシディアをこんなにしたあいつらを全部倒してッッ!!!」



 注がれた王族の魔力が、極光きょっこうを放った。



「――――仰せのままにイエス・ユア・ハイネス

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