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 コルトスからクリクターへと視線を戻す。

 クリクターはうなずいた。



「……では、続けるよ。『痛みの呪い』を受けた人間は、君のように魔力回路ゼーレと精神をやられる。魔術師まじゅつしに必要な身体機能の全てを破壊される上、大半の人は精神せいしん崩壊ほうかいを起こし、およそまともなニンゲンとして生きることは出来なくなる」

「!」

「だから君はめずらしいのですよ、アマセ君。君が初の症例しょうれいなのです――――『痛みの呪い』をその身に受けて、正常な精神を保っている者は」

「……、」

「加え、これは世界が書き記した『魔法まほう』でなく、何者かの悪意が結晶けっしょうした『魔術まじゅつ』。当然、治療ちりょうほうなどあるはずもない」

「治療法が……ない、」

こくなことを言うけれど、どうか……心を落ち着けて聞いてほしい。……君の体は、もう以前のようには回復しない。『無限むげん内乱ないらん』から二十年、このコルトス・ベインウィ医師をはじめとして、多くの医者や魔術師まじゅつしが『痛みの呪い』の研究・治療法の解明を至上しじょう命題めいだいとして進めているが……いまだに開発には至っていない」

「治療法の解明が急務きゅうむだということは……他にもはするんだな、コルトス。俺の他に、『痛みの呪い』を耐え抜いた人間が」

「……いるとも。自我じがを失い、大切な人も、自分が何者であるかも忘れ、ただ命をつなぎとめているだけの人間が、大勢ね。私の家族も」

『!!』

「母と妻が、魔女まじょの疑いをかけられ、『痛みの呪い』を受けたンだ。母は精神を強く病み、今も閉鎖へいさ病棟びょうとうに。妻は先日舌をみ切って死んだ」



 ……どうして、この男はそうも淡々と死を語るのだろうか。

 真っ先に出てきた感情が顔に出ていたのか、顔に沢山のしわを刻んだ初老は、更にしわを深くして力無く笑った。



「もう、二十年間悲しンだからね。人間ってのは丈夫なものだよ……もしかすると、私も壊れてしまっているだけかもしれないけれど。『痛みの呪い』にかれてね――――死んでいった家族たちのためにも、私はこの呪いから逃げるわけにはいかないンだ」



 コルトスの暗い目が俺を捉える。

 やっと理解した。

 俺がこの男から無意識に感じていた抵抗ていこうかんは――その目は、まるで格好かっこうの実験体を見るような目なんだ。



「……俺は、これからどうなる」

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