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 いかつい顔を更に険しくしているビージの脇に移動しながら、フェイリーが言う。

 チェニクがそれをいだ。



「あの血が敵のものだとすると、襲撃者は傷を負ったわけですよね。でも相手は敵に増援が来ると分かった時点で、ハイエイト君とキースさんを見逃して退却たいきゃくするような人達ですよ。そんな慎重な人たちが、傷を負ってまで彼らの記憶を奪おうとしますかね? 血なんてそれこそ最も敵側に渡っちゃマズい、情報の宝庫じゃないですか。暗殺めいたことをしでかそうとしてる人達なら、一番気を使うものだと思うんですけど」

「……まあ、その程度の相手だった、というオチも考えられないではないが。その可能性は低いか」

「で、味方のものだとするとですよ。……ここから先話したい? コーミレイさん」

「早く続けて下さいます?」

「はいはい。で、三人の誰かが流した血だとすると……オカしいわけだよね、バディルオン君」

「あ――ああ。三人には傷がねぇ。血なんて流れようがねえんだ」

「鼻血とか?」

「――テメ――」

「ギリート。いちいち茶化すな鬱陶うっとうしい」

「可能性を提示しただけだよ?」

「ビージ、無視しろ。続けてくれ」

「……オメーはどう思う、アマセ」

「え?」



 一瞬固まってしまう。

 ビージは神妙しんみょうな顔で俺を見ていた。



「……特に考えはまとまってないが。傷は無い、なのに血痕けっこんはあった。そして彼ら三人のうち一人の血である線が濃厚――――だったら、傷を負った人物はその後、その傷を治療された・・・・・・・・・ことになる」

「ち――治療? 誰がだよ!?」

「この三人に治癒魔法の心得は? ビージ。特に裂傷――切り傷に対しての」

「……そう上手かったわけでもねぇと思うがな……もちろんヘタでもねーがよ。だけど、治癒魔法ちゆまほうで目立ってる奴は、こん中にはいねぇ」

「だとすると明らかだな。襲撃者だ」

「は!? なにそれ、襲撃者が襲撃した人を回復させたって――――」



 言いかけたマリスタが、



〝本当にマリスタの傷は治ったのか。今の緑に光る魔石ませきは何だ〟

〝実際に見て確かめてみるといい。傷はふさがっているはずだ〟



 恐らく俺と同じことに思い至り、口を開けたまま声をった。



「でも、そう考えると辻褄つじつま合うよね。やっぱり襲撃者は『痛みの呪い』の記憶を奪いたいだけで、僕らを殺すつもりはないってことだ。キースさんが斬られた傷も、素直に記憶を消されてれば治してもらえてたのかもね」

「縁起でもねーこと言うなってアンタは……」

「あれ。もっと怒ると思ったんだけどな」

「この……」

「……トルト」

「あ? ンだ」



 手袋を外し、小指で耳を穿ほじっていたトルトに声をかける。

 こいつなら知っているかもしれない。



「傷の治療をすることが出来る魔石とは、高価な物なのか」



 トルトが「あー」とでも言いたげに口をポカンと開け、得心とくしんがいった様子で明後日の方向に視線を飛ばす。



「なるほど? そいつを敵が使った可能性か。だが、その辺のモンじゃそうそう良い効果は期待できねーぞ。その辺で販売されてるものを買ったところで、治せるのはり傷が精々せいぜいだ」

「じゃあ特別に良い品だったら、深い裂傷を治すことも可能なんだな?」

「ああ。例えば――つるぎで深く斬られた箇所かしょとかな」

『!』

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