道化――――熱狂、ひとり、醒めた目で




◆     ◆




「アマセ君ッ!!!!!アマセ君アマセ君アマセ君ッッッッ!!!!!!!」

「お――落ち着いてパールゥ、ちょっと――近付きすぎると危ないわ!」

「マジでヤバいってシャレんなんないわよアマセッッ!! アマセェッ!!!」

「なんで監督官かんとくかんの能無しは止めないの……もう勝敗決まってるじゃないのよこんなの……!」

「…………!!」

「あませくんーーー!にげてぇっっ!!!」



 のどらして叫ぶ友人達。

 そこまでしても、彼女の声があの男に届くことは無い。



 大歓声。悲鳴。怒号どごう狂喜きょうき

 およそ大声にぞくする全てが今、この調練ちょうれんじょうに集っていると思っていい。

 それほどの熱狂ねっきょうもって、会場は最強さいきょう最弱さいじゃくの戦いに注目していた。



 会場を見る。

 壁際かべぎわで倒れしている赤。

 剣を手に、とどめの一撃を繰り出そうとしている白。

 勝敗はすでに誰の目にも明らかで、ゆえに熱狂は試合の盛り上がりというよりも、処刑しょけい見世物みせものに近い。

 今この状況を冷静に見ることが出来ている人物が、一体どれだけ居るのだろう。



 うずくまる男。

 奴は血と意味不明な有声ゆうせいおんわめき散らしながら顔をせ、土下座どげざでもするかのような姿勢となった途端とたん、動かなくなった。

 あれだけみみざわりだった鼻にかかる声も、滑稽こっけいに映った気狂きぐるいの仕草も、今は一切無い。

 まるで事切れてしまったかのようだが、奴の背はしぶとくも上下している。



「――――――」



 めが甘いのだ。

 あれだけみだくるっていながら、呼吸だけがそんな気味の悪い程正常なはずも無いだろうに。



 それをおかしく思えば、後は総崩そうくずれだ。

 奴が上手く演じているつもり・・・・・・・・のあれら「侵蝕しんしょく」の挙動きょどうは、どれもこれも道化どうけのお道化どけにしか見えなくなる。



 待っているのだ、あの道化は。

 息をひそめて、反撃はんげきを。



 ナイセスト・ティアルバーが奴に近づく。

 その顔からはありありと落胆らくたんうかがえる。

 あの四大よんだい貴族きぞくティアルバー家がじゅうすう世代せだいをかけて生み出してきた「最高さいこう傑作けっさく」が、あんなどことも知れぬ馬の骨に感情をり動かされているというのだからあきれる。

 呆れも過ぎれば笑いが出る。



             馬の骨?



 ティアルバーという家が何を目指し、何を積み重ねてきたかは、家柄いえがらじょう調べが付いている。

 傑作として世に産み落とされた身の上は、大体想像が付く。



 物心ついたころから、選べる道はたった一つだけ。

 歴代のティアルバーが、文字通り心血しんけつを注いで敷設ふせつした線路レールの上を、ただ歩くだけの人生。

 そんな「ナイセスト・ティアルバー」という線路レール上に、異分子イレギュラーという言葉は存在しなかっただろう。

 彼はこれまでずっと線路レールの上を歩み続け、その生を受け入れていた。

 感情を自制じせいし、自我を押し殺し、そして、ティアルバーが理想とする社会リシディアを作ろうと、手始めにこのプレジアを「侵略しんりゃく」しようとしていた。



「…………まったく」



 ――そうなのだろうと、思い込もうとした。

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