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「確認に行かせた奴らが戻ってこないからァ……収穫はないんでしょうねェ。しっかし、まさかこんな形で大貴族の死を目撃することになるたァ思わなかったよねーェ」



 逆三角の赤ぶちメガネを光らせながら、感情の読めない声でミルクリー。

 その目はまっすぐに、眼前で布の上に寝かされた少年――――ギリート・イグニトリオを見すえている。

 疲労によりいっそう老いが濃くなった顔で、バニングは「まだ生きています」と彼女をにらみつけた。



「生きてるだけ、とも言えますわ。……首の骨を完全にへし折られて、もう数時間ですもの。ここまで永らえたのは奇跡でしょう」

「随分と淡白なのですね、リコリス先生は。ご自分の学校の学生なのでしょう」

「何をクサクサしていらっしゃるので?」

「あッハァほら若いの。こんなとこで言葉の売り買いしてんじゃないよーォ」

「…………助けられるかもしれない命が消えてしまおうとしている。私はそれが苦しくてならない。あなたは違うようですが」

「数百」

「……死者の数ですか?」

「ええ。限定的なテロとはいえ、少なくともそのくらいの死者は出たでしょう、敵味方問わず。あなたは何十回、そうして心をすり減らすおつもりで?」

「この身に叶う最大の回数です。当然ね」

「……すべて背負うのですね。その身一つで、素晴らしい心がけだと思いますわロイビード先生」

「心がけではない、これは医者として当たり前の――」

「私はもうこぼしてしまった」

「――え?」



 パーチェがつとめて、乾いた声で言う。



「背負って背負って……そして限界が来ました。何千何万を助けて、治癒して、出来ずに殺して……あなたの年なら、覚えがあるのではないですか?」

「リコリス先生……あなたまさか、『無限の内乱』の経験者ですか?」

「あッハまーァ!? それにしちゃまだ……ただのメスガキにだって見えるわよーォ!?」



 パーチェの体を目線でためつすがめつするミルクリー。

 バニングの目に映るパーチェは本当に若々しく、先程ミルクリーに同じ「若いの」にくくられたときは申し訳なささえ覚えたほどだった。



 その彼女が、無限の内乱経験者とは。



「……確かに、あれは酷い戦いでした。軍人を目指していた自分が医学を志したのも、あの出来事がキッカケでしたよ」

「……」

「あッハーァ! 学生にしちゃフケた奴が入ってきて、しかもやけに講義への食いつきがいいもんだからァ、あいつ・・・も熱入れて指導してたわよねーェ!」

「ええ。先生・・もあの内乱を経て……人を助ける姿勢が、大きく変わったと言っていました」

「少なからずいるでしょうね。あの内乱は――あまりにも多くの人を変えた。私もその一人だというだけですわ。情を持ち過ぎても、ただ辛いのです」

「…………私はね。『病は気から』という言葉を、本当に信じているのですよ」



 バニングがギリートに視線を戻す。



「人の意志の、希望を抱き続けることの薬効やっこうを信じている。本人の生きたいという意志、生かしたいという周囲の意志が、生死の境で精神を奮い立たせると思っているんです。魔法と共に生きる我々人間だからこそ」

「そうですね。なにせ魔術師は死ににくい生き物ですし、」

「そうではなく――」

「人間とはそもそも、すべからく『生き汚い』存在ですからね」

「…………話がれましたね。ともかく、現状ではギリート・イグニトリオに施せる手はすべて施していますわ。それ以上心を砕いても、ただ辛いだけで――」



 空から地響きと共に何かが着地した。



『ッ!!?』

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