第三章:深まる混沌

296話:群がる影


 決して広くはない通路を、光が駆け抜ける。

 俺は片手にアウローラを抱えたままで剣を構えた。

 激突の衝撃に、足が僅かに後ろへ押される。

 正面から突っ込んで来た男。

 アカツキと同じ魂を持つ大真竜ヘカーティアの《爪》。

 機械よりも機械らしい温度のない表情で、俺たちを睨みつけている。

 

「いきなりご挨拶だな……!」

「我々の間に交わす言葉は最早ない。

 そう判断したまでの事」

 

 刃とぶつかり合っているのは、《爪》の拳だった。

 竜の鱗さえ切断するはずの剣。

 それに対し、耳障りな音を立てながらも《爪》の拳に傷一つない。

 一体どれだけの強度があるのやら。

 鉄拳が防がれたなら、間髪入れずに蹴りが飛んでくる。

 

「《盾よ》!」

 

 それは力場を展開して受け止めた。

 が、《爪》の連打は止まらない。

 風というよりも、光のような速度で。

 一撃一撃が必殺の威力を持つ拳と蹴りが次々に叩きつけられる。

 俺はそれを剣と鎧で防ぎ――。

 

「っと……!!」

 

 圧力に押される形で、大きく後ろに下がった。

 殆ど背後に倒れ込むような回避行動。

 当たり前だが隙は生じ、《爪》はそれを見逃さない。

 だが。

 

「“砕けろ”」

「レックス殿、そのまま伏せて!!」

「ガァッ――――!!」

 

 三つの声が同時に重なる。

 この場にいるのは俺一人だけじゃないんだ。

 アウローラの「力ある言葉」によって、《爪》のいる空間が爆砕される。

 そこにテレサの放った《分解》とボレアスの《吐息》が刺さる。

 爆発は凄まじく、俺の身体は更に転がってしまう。

 テレサの足下辺りで止まったら、そのまま勢い良く跳ね起きた。

 

「ご無事ですか?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 余波を浴びたぐらいなら鎧があるから問題なし。

 一先ず、抱えていたアウローラを床に下ろす。

 彼女は吹き飛ばされた空間を、鋭い目で睨みつけていた。

 

「流石に、この程度じゃ壊れないみたいね」

「――侮って貰っては困るな、《最強最古》」

 

 撒き上げられた煙の向こう。

 再度現れた《爪》は、ほぼ無傷だった。

 腕や身体は幾らか焦げたりしているようだが。

 アカツキの首を小脇に抱え、テレサは油断なく構えを取る。

 

「ヘカーティアは重要な作業に入った。

 余計なことで心を乱したくはない。

 君たちは此処で私が排除する」

 

 淡々と。

 感情など置き忘れた機械のように。

 口にする言葉は冷たく、拒絶の意思しか感じられない。

 ……しかし、重要な作業か。

 一体ヘカーティアは何をやらかすつもりなのやら。

 

「重要な作業とはなんだ、《爪》よ」

「語る言葉は最早ないと、そう言ったはずだが」

「そういう割にはまぁまぁ喋るよな」

 

 本当に必要ないなら、黙って殴って来れば良い。

 しかし《爪》は、攻撃はしながらも「必要のない言葉」を口にする。

 特に「重要な作業」なんて、実際に言う必要はなかったはずだ。

 アウローラとか、かなり悪そうな笑みを浮かべて。

 

「重要な作業に入ってる、ね。

 つまりヘカーティアには、この戦いに介入する余裕はないと。

 そう言ったも同然に聞こえるけど?」

「解釈は任せる。好きに思考をすればいい。

 そうして時間を浪費してくれる分には、私の不都合はない」

「ふん。人間のガワを被ってはいるが、中身は随分と面白みのない男よな」

 

 鼻で笑いながら、ボレアスも前に出てこっちに並び立つ。

 テレサはアカツキを抱えているので少し後ろだ。

 アウローラも、テレサと同じ位置ぐらいに下がった。

 前衛が二人、後衛が二人。

 とりあえずバランスは良いはずだ。

 対する敵はヘカーティアの《爪》が一人。

 数の差など気にした様子もなく、堂々と通路に立ち塞がっている。

 

「――どうあれ、先に進ませるつもりはない。

 彼女の望みを叶えるために、私は全霊を尽くそう」

 

 迷いはないと。

 そう示すように、《爪》の四肢に雷光が宿る。

 恐らく、またあの光みたいな加速が来るな。

 

「来るぞ」

「ふん、言われるまでもない」

 

 剣を構えるこっちとは対照的に、ボレアスはだらりと腕を垂らしている。

 いちいち構える必要などないと言わんばかりの態度だ。

 挑発めいた動きに、《爪》は表情一つ変えない。

 ただその姿を、再び駆け抜ける光へと。

 

「ッ――――!?」

 

 一撃。

 拳ではなく蹴り。

 目にも止まらない速度で突撃してきた《爪》の蹴撃。

 それはボレアスの顔面に思い切り突き刺さった。

 仮に俺とかテレサなら、それこそ首から上がもげそうな威力。

 《爪》の側も、油断してるならばと一撃で仕留める腹積もりだったはずだ。

 だが、そこは流石の《北の王》。

 必殺であるはずの蹴りに、首の力で耐えていた。

 口元に浮かぶのは壮絶な笑みだ。

 

「我を侮るなよ、人形風情が――!!」

 

 退く暇も与えず、ボレアスの手が蹴り足を掴む。

 そのまま渾身の力で、《爪》の身体を床へと叩きつけた。

 凄まじい衝撃が通路全体を震わせる。

 叩きつけは一度では終わらず、二度三度と壁や天井に向けても行われる。

 まるで子供がぬいぐるみを振り回すみたいに。

 巻き込まれるとヤバいので、こっちは距離を取るしかない。

 

「ハハハハハハハ!!」

 

 テンション高めに笑いながら、ボレアスは滅茶苦茶に暴れている。

 《爪》は身体を丸めてその衝撃に耐えてるようだが……。

 

「ちょっと、調子に乗り過ぎよお前!?」

「ハハハハ! このぐらいは何の問題も――」

 

 警告するアウローラの声も、ボレアスは笑い飛ばそうとした。

 しかしそれは《爪》によって遮られる。

 何をしたのかは、俺の目でもすぐには分からなかった。

 ただ起こった事として、いきなりボレアスの方が吹き飛んだのだ。

 《爪》を掴む手も離さざるを得なくなり、派手に床を転がる。

 

「生きてるか?」

「我がそう簡単に死ぬかよ!!」

 

 うん、元気そうだな。

 盛大に吹き飛ばされたが、ダメージそのものは少なそうだ。

 《爪》の方は、何度も叩きつけられた事で流石に堪えたらしい。

 見た目上の損傷は少ないが、起き上がる動きが微妙にぎこちなかった。

 雷を宿す眼で、俺たちを睨んで――。

 

「お返しだ、《北の王》よ」

 

 言いながら、右手をこちらに向ける。

 そこから放たれた衝撃波に、正面からブン殴られた。

 通路全体が有効範囲のようで、流石に避ける隙間はどこにもない。

 流れに逆らわず、殴られる勢いのまま後ろへ転がる。

 ボレアスも似た感じで再度床を這っていた。

 

「っ、何だ今の……!?」

!」

 

 俺の疑問に応えたのは、後方のアカツキだった。

 衝撃の吸収?

 

「今解析ができた!

 《爪》は常時、全身に力場の防御を纏っている!

 それで自身が受けた衝撃の何割かを吸収し、それを任意の形で解き放てる!

 奴が異様に硬いのもその防御のためだ!」

「我ながら種明かしの早いことだな」

 

 あっさりとバラされながらも、《爪》に動揺は見られない。

 その程度では何の支障もないと鉄面皮が語っている。

 力場の防御による衝撃の吸収と放出。

 雷を纏っての高速移動。

 それ以外にも、まだ札を隠してる可能性は十分にある。

 今さらではあるが、間違いなく強敵だ。

 

「防御を破る手段は?」

「どれほど強力だろうが、上限はあるはずだ」

「つまり無理やりブン殴れば良いと」

 

 分かりやすくて大変結構。

 任意で放出できるってのが面倒だが、まぁ何とかなるだろう。

 

「……侮っていたつもりはない、が。

 末席とはいえ、大真竜の一柱であるゲマトリアを討っただけはある。

 或いは、私でも打倒は不可能か」

 

 俺の方を見ながら、《爪》は呟く。

 

「だったら降参するか?」

「いや、阻むと決めたのは私の意思だ。

 これを今さら曲げるつもりはない」

「やっぱ、意外とお喋りだよな」

 

 見た目だけなら寡黙そうなんだけどな。

 元になったオリジナルのアカツキも、そんな感じだったのだろうか。

 距離を測る。

 互いに一足で潰せる程度の間合いだ。

 力の種がバレたからか、《爪》は先ほどまでみたいに突っ込んでは来ない。

 慎重に、こちらの全体の動きを見ている。

 ヘカーティアが何をしているのか、俺たちはまだ把握できてない。

 だが《爪》が言っていた通り、時間が過ぎるのは相手にとって有利のはずだ。

 このまま睨み合いでも構わないと、そんな腹か。

 敵の札が分からない以上、迂闊には踏み込めない――と。

 普通はそう思うんだが。

 

「まどろっこしいな!!」

 

 そんな空気を読まない脳筋もいる。

 張り詰めた死線の上を無遠慮に駆け抜けて、ボレアスが《爪》に襲い掛かった。

 翼を広げ、叫びと共に吐き出す《吐息》。

 ダメージ狙いよりも、目くらましや牽制が目的か。

 細かく放たれる炎塊を、《爪》は全て身体で受け止める。

 焦げ目一つ付かない機械の男に対し、ボレアスは真上から踵を叩き落す。

 大気が破裂したかのような轟音。

 《爪》の足が微妙に床へ沈み込むが、本体は無傷。

 ボレアスの蹴りを片手でしっかりと受け止めていた。

 

「どんな小細工があろうと、力で潰せば何の問題もないわ!」

「それについては同感だな!」

 

 実際、暴力で殴り倒せるならそれが一番簡単だ。

 動きを止められた《爪》に向けて駆け出す。

 後方では、アウローラとテレサがいつでもぶち込める構えだ。

 最悪、こっちの背中ごと撃って貰っても良いぐらいだが。

 

「この程度!!」

 

 向かって来る俺に対し、《爪》は空いた手をかざす。

 放たれる衝撃波はさっきよりは威力が弱い。

 

「《盾よ》!」

 

 だから俺もそれは力場を展開して受け流す。

 更に。

 

「《跳躍ジャンプ》!!」

 

 強化した脚力で床を蹴り、一気に距離を潰す。

 突然の加速に反応し切れてないところへ、俺は剣を打ち込んだ。

 狙うは首だが、硬い感触が刃越しに腕に伝わる。

 やはり防御が硬い。

 一撃では切断できず、刃は《爪》の装甲を削るに留まった。

 

「けど、やっぱり限界はあるみたいだな!」

「ッ――――!」

 

 《爪》の四肢に雷光が迸る。

 俺やボレアスが追撃を仕掛ける前に、《爪》は強引に動いた。

 仕切り直すためか、再度距離を取って――。

 

「テレサ」

「承知――!!」

 

 そこを狙って、アウローラとテレサが仕掛けた。

 タイミングはばっちり。

 アウローラが魔法で《爪》の動きを縛り、そこにテレサの《分解》が刺さる。

 青白い光が、《爪》の力場と衝突して激しく明滅している。

 完全には吸収し切れず、皮膚が剥がれてその下に金属の光沢が覗いた。

 少しずつだが、確実にダメージは増えている。

 

「……やはり、強いな」

 

 手を緩める理由もない。

 魔法による拘束を引き千切った《爪》に、俺とボレアスは即座に殴り掛かる。

 

「私一人で阻めるかと思ったが、どうやら自惚れであったらしい」

「反省会するにはちょっと早くないか?」

 

 刃と拳がぶつかり、《吐息》の炎が機械の五体を焼く。

 明らかにこちらが優勢だった。

 だが、どうにも嫌な予感が止まらない。

 

「いや、認めよう。私が甘かったと。

 このまま続けば私はほどなく機能停止に追い込まれる」

「……おい、竜殺しよ」

「あぁ」

 

 分かってる。

 コレ絶対に、何か隠し玉が出てくるパターンだ。

 こっちの予想の正しさは、すぐに《爪》によって証明される。

 

「このような恥知らずな手は使いたくなかった。

 ――許しは請わないが、どうかこの無粋を堪えて欲しい」

 

 《爪》が懺悔めいた言葉を口にした、その直後。

 何かが、青い火花と共に襲って来た。

 俺とボレアス、どちらもその攻撃を受け止める。

 半ば弾き飛ばされるように距離を離され、そして見たものは――。

 

「……そういえば、言ってたよな」

「あぁ、忠告した覚えがある。と」

 

 呟く俺に、首だけのアカツキが硬い声で応じた。

 体勢を立て直している、《爪》の背後。

 そこには見覚えのある姿が幾つも立っていた。

 

「足らぬ実力を、数を揃えて無理やり補う。

 あぁ、まったく。これほどの恥が他にあるものかよ」

 

 一人残らず、寸分違わず同一。

 《爪》と同じ「アカツキ」の姿をした機械人形たち。

 青い雷を宿す無数の目が、一つ残らず俺たちを見ていた。

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