135話:張り子の虎

 

 イーリスの仕事は完璧だった。

 参加者が乗り回す戦闘ヘリや戦闘用自動人形を蹴散らし。

 狂ったように暴れ回る「災害」どもを適当にぶっ叩きながら。

 俺達はテレサに先導される形で戦場を渡る。

 道中で稀に罠の類もあったが、それらは起動する前に無効化されていた。

 それらも全て、遠隔からイーリスが潰してくれてるようだ。

 

「流石だなぁ」

「ええ。落とし穴のような原始的な罠には注意しましょう」

 

 うん、そういうのは管轄外だろうしな。

 その類ならこっちで十分気付けるし問題はない。

 最短ルートの言葉通り、俺達は大して時間も掛からずに「目的地」に辿り着く。

 今、俺達がいるのは都市の中階層。

 《闘神》のいる最上層へ行くには、当然上がる必要がある。

 俺達が下層から上って来たのと同じような形状をした、階層の上下を貫く柱。

 巨大な昇降機前の広場に足を踏み入れる。

 この辺りはまだ戦場になっていないのか、比較的に破壊は少ない。

 他に参加者の姿は無く、「災害」の姿も遠い。

 此処にいるのは俺達三人と。

 

「――良くぞ来た!! この中層ではお前達が一番手だ!!」

 

 広場に轟く、聞き覚えのある大音声。

 上層へ通じる昇降機、その前に立ち塞がる大柄な影。

 激しく火を噴く黒鉄の大鎧。

 見間違えようもない《闘神》オリンピアの姿。

 ただ、その《闘神》は先日見た時とは大きさが違っていた。

 前に遭遇した時は見上げる程の巨体だった。

 が、此処にいるのはそこまで大きくない。

 デカいはデカいが、俺と比べて精々頭二つ分ほどしか違わない。

 

「分体ね、『災害』と同じく。

 ただコイツは他よりも高度な分身ってだけで」

「成る程なぁ」

「その通りッ!!!」

 

 アウローラに応えるみたいな形で大鎧は叫ぶ。

 分身であって本人じゃないはずだが、コイツは良く似てる。

 

「我は《闘神》に非ず!! その魂の炎から別れたる者!!

 《闘神》に挑む資格無き者を引き裂く《爪》である!!」

「《爪》か」

 

 地味に久しぶりに聞いた単語な気がする。

 真竜に仕える者の中で、一番強い者に与えられる称号。

 此処では、この《闘神》の分身が《爪》の役目を持ってるワケか。

 大鎧――いや、《爪》は腰に下げた鞘からズラリと大太刀を引き抜く。

 分厚い刃は赤黒く輝き、発する熱だけで空気を焦がしている。

 流石に《爪》を名乗るだけあって、なかなか強そうだ。

 

「さぁ、何人であれ来るが良いッ!!

 我が炎熱の太刀を怖れぬのであればなッ!!」

「……まるで武人気取りね。

 分身如きに文句を言っても仕方ないでしょうけど」

 

 微妙にイラっとした顔のアウローラさん。

 まぁウン、分身とはいえサイズ以外は本体そっくりだしな。

 

「確かに我は《闘神》ではなくその分け身に過ぎぬ!!

 しかし侮るなかれ!!

 過去に数多の武祭が行われたが、《爪》を超えし者はほんの一握り!!

 それも姑息な手段で回避した者が多く、正面から破った者はごく僅か!!」

 

 燃える大太刀を掲げ持つようにして、《爪》は高らかに吼える。

 まぁ《爪》を名乗るぐらいだし、強いは強いで間違いないだろう。

 その上で分身だから、本体の《闘神》とはちょっと違う感じか。

 今のところアウローラに反応してる様子も無いし。

 

「何処からでも来るが良い、無謀なる挑戦者よ!

 ――特にそちらの男は《闘神》より激しき戦意が流れて来ている!!

 貴様だけは必ず葬らねばならぬと我が炎は猛り狂う……!!」

「うーんやっぱ中の人同じだな??」

「鬱陶しいわね真面目に」

 

 闘志以上に何か粘度の高い感情が見え隠れしてるぞ。

 うんざり顔のアウローラの髪を、宥めるつもりで軽く撫でる。

 それを目にした《爪》はひと際大きく炎を噴いた。

 

「おおぉぉ……!!

 かつてない力が、闘争本能が我が身に宿ろうとしている……!!

 如何なる戦士であれ、上層に辿り着く事は不可能と知るがいい……!!」

「盛り上がってるなぁ」

 

 楽しそうで何よりだ。

 テレサとドロシアの二人は微妙にヒいてるようだけど。

 正直気持ちは良く分かる。

 呆れ顔で苦笑いを溢しながら、ドロシアは俺の方を見た。

 

「で、どうするんだい?

 向こうは殺る気満々だし、普通に戦うのかな?」

「そうだなぁ」

 

 囲んで棒で叩くのが戦術的に一番強い。

 それは当然分かってるし、この《爪》も多分相当強いだろう。

 俺は軽く周囲の様子を確認する。

 遠くでは未だに「災害」が参加者相手に暴れている。

 俺達以外であの防衛線を抜けてくる奴はまだ当分出て来ないだろう。

 なら、ちょっとぐらいは無茶するか。

 

「アウローラ」

 

 名を呼びつつ、引っ付いてる彼女を抱き上げる。

 それからそっと足元の地面に下ろした。

 俺がそうする事を分かっていたのか、アウローラは文句は言わなかった。

 代わりに困ったように笑って見せる。

 

「ホント、直ぐに無茶したがるんだから」

「悪いなぁ」

「良いわ、そういう人だって知ってるもの」

 

 そう言って、アウローラは兜の上からそっと唇を寄せる。

 俺はそんな彼女を軽く抱き締めてから離れた。

 

「ご武運を」

「あぁ。万一があったらアウローラを頼むな」

「承知しました。ですが、万一も無いと信じております」

「がんばるわ」

 

 微笑むテレサに見送られつつ、俺は前へと踏み出す。

 ドロシアは何も言わない。

 ただこれから起こる全てを見逃すまいとその眼を見開いている。

 俺は気にせず《爪》と向き合う位置まで歩を進めた。

 まだお互い、剣の間合いからも遠い。

 それでも激しく燃える炎は強烈な熱気を此方にぶつけてくる。

 

「まさか、一人で挑むつもりか!!」

「見た通りだ」

 

 吼える《爪》に俺はいつもの調子で応じる。

 剣を構え、切っ先を視界に映る炎に合わせた。

 

「如何に分体であろうと、我は《闘神》が誇る鋭き《爪》!!

 人間如きが一人で挑むなど……!!」

 

 うん、何かぐだぐだ言ってるが。

 こっちは付き合う義理もないので、さっさと始めよう。

 あんまり悠長にしてると他が集まってくる可能性もあるしな。

 

「《跳躍》」

 

 《爪》の戯言への返事代わりに《力ある言葉》を唱える。

 先ずは一手、強化した脚力は僅か一歩で間合いを踏み潰す。

 近付くだけで熱いがそれは鎧と気合いで我慢。

 まだロクに構えていなかった《爪》に大上段から振り下ろす。

 

「ぬゥ……!?」

 

 面食らいはしたようだが、反応自体は迅速だ。

 素早く構えた大太刀に刃が喰い込み、その一部を削り取る。

 こっちも今ので終わるとは考えちゃいない。

 だから攻め手は緩めない。

 

「《魔法の矢》」

 

 至近距離から放つ力場の矢。

 纏う炎に穴を開け、黒鉄の鎧に傷を穿つ。

 一発一発は大した事ないだろうが、細かくとも負傷を重ねる事に意味はある。

 魔法攻撃を受けて僅かに怯んだところに、更に剣を打ち込んだ。

 横薙ぎに払う一振りを、《爪》は上体を反らす事で直撃を避ける。

 しかし完全には避け切れず、肩の一部が斬り裂かれていた。

 憤怒と恥辱からか、炎は強く吹き出す。

 

「舐めるなよ人間……!!」

 

 大きく叫びながら、今度は《爪》が大太刀を振るう。

 赤黒く燃える刃はまともに喰らえば鋼すら一瞬で溶かし尽くす。

 一目見ただけでそのぐらいの威力を持っていると理解した。

 これまでも、纏う炎と振るう大太刀で大抵の参加者は蹴散らせたのだろう。

 巨体から繰り出される圧力パワーも凄まじい。

 そう、結局のところ。

 馬力とサイズが違うだけで、「災害」とかいう怪物と大きな差はない。

 

「何……っ!?」

 

 俺が退くどころか、逆に踏み込んで来た事に驚いたか。

 驚愕する《爪》の大太刀を、俺は剣で受け流す。

 正面から防げば炎熱に潰されるし、下手に距離を離すのも危険だ。

 だから身体が焦げるのを覚悟して前に出る。

 アウローラの鎧があるから大分マシだが、それでも焼け死にそうな熱さだ。

 つまり、我慢すれば耐えられる程度。

 打ち込む剣の刃は、分厚い炎ごと相手の装甲を斬り裂く。

 手応えはあるがまだ浅い。

 相手の傷口から血は漏れず、黒々とした断面から火の粉が零れるだけだ。

 幾らか負傷を与えたが、《爪》の動きに大きな変化は無い。

 炎熱を振り撒く大太刀を俺は身を捻って躱し、或いは剣で弾き落とす。

 今のところ直撃はない。

 直撃はないが、近くにいるだけで炎でジリジリ削られ続ける。

 ホント、鎧がなけりゃとっくに死んでたな。

 後はボレアスと繋がってるせいで、火への耐性は付いてるかもしれない。

 

「ッ……人が、まさか、これ程の……!!」

「そんな驚く事かよ」

 

 《爪》が漏らした言葉に、俺は軽く応えてみた。

 俺一人に苦戦するのがよっぽど想定外だったらしい。

 大振りの太刀が炎で軌跡を描き、その度に大気が焼き切れる。

 弾く。躱す。弾く。弾く。躱す。

 距離を作れば炎でゴリ押しされて余り宜しくない。

 なので回避は紙一重、流れる溶岩の上で踊るような感覚。

 《爪》の攻撃は燃える竜巻の如く。

 大太刀を振り回す度に生じる隙間に刃を振るう。

 その度に、《爪》の太刀と黒鉄の鎧を少しずつ削り取っていく。

 出血代わりの火の粉を散らしながら、《爪》は叫んだ。

 

「我は《闘神》、その大いなる《爪》である……!!

 幾人もの戦士に囲まれたならいざ知らず、ただ一人の戦士相手に……!!」

「……まぁ、その様子じゃ苦戦した事すらないだろうな」

「何……っ!?」

 

 言葉を口にしながら、俺は炎の中で剣を振る。

 少しずつ、けれど確実に。

 此方の刃は《爪》の大鎧を斬り裂いていく。

 生き物というより動甲冑リビングアーマーっぽいせいで見た目分かりづらいが。

 動作も鈍って来てる辺り、負傷ダメージが溜まってるのは間違いない。

 まぁその点じゃこっちも似たようなもんだけど。

 このぐらいならいつもの事だ。

 剣速も身体の動きも、この程度じゃ問題ない。

 今以上に死を近く感じる戦いは幾らでもあった。

 それらと比較すれば、むしろ今は「温い」ぐらいだ。

 

「戯言をほざくな、人間がッ!!」

 

 激昂しながら雄叫びを上げる大鎧。

 この《爪》は本体の《闘神》共々、追い詰められた経験はないのだろう。

 真竜として絶対的な力を持っているなら、ある意味当然の話だ。

 分身である《爪》ですら幾人もの闘士を薙ぎ払い、挑む者全て敵足り得ない。

 ただ持てる力を振り回すだけで証明される絶対強者の立場。

 それを脅かすのは、剣一本を振り回すだけの取るに足らないはずの人間だ。

 価値観だの何だのと、色々と崩れているのか。

 表情のない兜越しでは《闘神》の真意までは読み取れない。

 しかし動揺する気配が燻ってるのは見られた。

 

「……あぁ、そうか」

 

 ふと、気付いた事があった。

 それは特に根拠も無く、今までのやり取りから何となく思っただけ。

 こっちの様子を察しもしないまま、《爪》は炎を纏う大太刀で俺の剣と打ち合う。

 刃と刃がぶつかり合い、激しく炎が散る。

 相手の命を刈り取るべく続けられる鋼の応酬。

 しくじればどちらかが死ぬ。

 それが戦いで、当たり前の事のはずだが。

 

「ッ――――!?」

 

 呟く俺の言葉に、《爪》は激しく燃え上がった。

 まぁ、それこそ真竜であれば当然の話かもしれない。

 強大過ぎる力ゆえ、死の危険を感じた事など一度もない。

 一方的に蹂躙するだけだから、自分が死ぬ可能性なんて考えもしない。

 戦争の都市、その頂点に君臨する《闘神》。

 実際は戦いを娯楽としか知らず、本当に殺し合った事は一度も無い。

 それで名乗る異名が闘いの神とはな。

 ドロシアの口にした「臆病な男」という評価も、あながち間違いでもないか。

 《闘神》――正確には分体である《爪》は、これまで以上の怒りを吼える。

 

「貴様ァ!! 我を、偉大なる《闘神》を侮辱するかァ!!」

「いいや」

 

 別に侮るつもりはない。

 竜は竜で、ただそれだけで脅威だ。

 だから俺は全力で狩り殺す。

 その一点だけは決して変わらない。

 

「ただ、思ったより普通だと思っただけだな」

 

 《闘神》はこの《爪》よりも遥かに強いんだろうが。

 少なくとも現状は、バンダースナッチやマレフィカルム程の脅威は感じない。

 まぁ、此処で《闘神》の戦力評価をするのは早計だな。

 とりあえずは目の前を片付けるか。

 

「ッ――――!!」

 

 激怒した《爪》は言葉になっていない咆哮を発する。

 完全に冷静さを欠いた状態だが、それでも竜の力は脅威だ。

 まともに喰らえば命を焼き尽くす炎熱の刃。

 振り回されるソレを掻い潜り、俺は渾身の力を刃に込める。

 一閃。最初は黒鉄に覆われた右腕。

 肘の上辺りで切断されて宙を舞うが、《爪》は残った左で大太刀を握り締める。

 苦痛は感じていない様子で更に刃を打ち込んで来た。

 だが、片腕で力も不十分な一撃ならば防ぐのも容易い。

 大きく弾かれ、体勢を崩した《爪》に真っ直ぐ剣を振り下ろした。

 

「こん、な……っ!!」

 

 巨体を袈裟懸けに斬り裂かれ、黒鉄の鎧は炎となって散って行く。

 崩れ落ちる《爪》に、俺は剣を向けたまま。

 

「じゃあな。本体にも伝わるなら、直ぐに首を取りに行くと言っといてくれ」

 

 俺がそう言ったのに対し、《爪》は何か叫んだようだったが。

 それは言葉にはならず、ただ大量の火の粉だけが周囲に撒き散らされる。

 後にはただ、燻る熱を含んだ風だけが残された。

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