136話:次の戦場へ

 

「お疲れ様。まぁ分身程度ならこんなものかな?」

「おう」

 

 機嫌良さげに笑うドロシアに、俺は軽く手を上げて応えた。

 問題なく勝てはしたが、とりあえず全身丸焦げだ。

 まぁまぁしんどいので懐から賦活剤の瓶を取り出す。

 中身を呷ってから一息。

 急速に傷が癒されていく感覚に身を委ねる。

 

「大丈夫、レックス?」

「何とかな」

 

 剣は一旦腰に下げた鞘に納めて。

 傍に駆け寄って来たアウローラを抱き上げた。

 少し遅れてテレサも直ぐ近くまで来て、それから安堵の表情を見せた。

 結構無茶な戦い方したし、ちょっと心配させたか。

 

「貴方が勝つのは分かってたから、別に心配はしてないわよ?」

「ええ、私も同じく」

「そうか?」

「ええ。ただ必要以上に無茶はして欲しくないけどね」

「それも同じくですね」

「ごめんなー」

 

 それを言われると謝る他ない。

 囲んで棒で叩いた方が確実に安全だったけどな、ウン。

 どうせこのまま進めば最終的には《闘神》とやり合うワケだし。

 ちょっと予行演習とか、そういう感じのノリだった。

 必要のない無茶と言われたらぐうの音も出ない。

 そんな俺の内心を見透かしてか、アウローラはクスクスと笑った。

 細い指が焦げた兜の表面をなぞる。

 

「そろそろ鎧も弄った方が良いかしらね。

 貴方に付き合ったせいで大分ボロボロだし」

「悪いなぁ」

「いいわよ、頼って貰えるのは嬉しいから」

 

 微笑むアウローラに俺も少し笑った。

 遅れて、ドロシアの方も俺の傍に寄って来た。

 テレサが微妙に身構えるが、当の本人は気にしない。

 

「仲睦まじいのは結構だけど、先へ進まないかい?

 此処からは上層で、それを抜ければ《闘神》の待つ最上階だ」

「ちなみに上層は何か違うのか?」

「上層は基本、一部の上位闘士と許可された者だけが立ち入る事ができる。

 良くある階級の上澄みの為に用意された特別な場所って奴だよ。

 ま、僕も詳しい事は知らないけどね」

 

 そう言ってドロシアは肩を竦める。

 ちらっとテレサの方を見ると、彼女は小さく頷いて。

 

「概ねは彼女の言う通りです。

 上層の闘士は、他都市なら《牙》の上位――或いは《爪》に匹敵するかと。

 彼らの中には私兵を抱えている者も珍しくありません」

「なかなか面倒そうだなぁ」

「そして上層の闘士は武祭で互いに争って消耗する事は嫌う傾向にあるそうです。

 彼らからすれば不必要に戦力を削るのは不利益デメリットでしかない。

 《闘神》に挑まずとも上層での生活は安定してますからね」

「危険を冒す理由はないワケか」

 

 成る程、と頷く。

 まぁこういう積層都市は、大抵上にいる方が上等に暮らせるしな。

 よっぽど野心家でもない限り、わざわざ支配者である真竜に挑む理由もない。

 であれば、武祭でそういう連中は何をするか。

 

「ですので武祭の開催期間中、上層の闘士達が行うのは……」

「中層から上がって来た奴らを叩くとか、そんなところか?」

「ええ、その通りです」

 

 実際、それが一番楽な稼ぎ方だよな。

 中層での戦いで疲弊し、更に昇降機の番人をしていた《爪》にボロボロにされる。

 そんな状態で運良く上がって来た奴を、悠々と待ち伏せして叩く。

 《闘神武祭》では参加者を倒せば倒しただけポイントが獲得できる。

 上の連中からすれば気楽な小遣い稼ぎだろうな。

 

「良く出来てるわね。

 上層の闘士どもと、その向こう側で隠れてる臆病者にとってはだけど」

「規則では上層だって基本は非武装地帯だけどね。

 ポイントを支払えば武装は直ぐ用意できる。

 そしてその程度は彼らにとっては大した出費でもない。

 私兵全員に重武装をさせて、上がってくる奴を狩ってるだけで黒字になる」

「成る程なぁ」

 

 アウローラの言葉に、ドロシアが軽く補足を入れた。

 何と言うか、アウローラの言う通り良く出来た仕組みだと思う。

 あくまで推測だが、《闘神武祭》の目的は本来は「ソレ」なんだろう。

 都市の大半を戦場として解放し、誰もが戦いに参加できる。

 そして頂点である《闘神》に挑み勝利したなら、望む全てが与えられる。

 そうでなくとも、他の参加者を倒せば倒す程にポイントが得られるルールだ。

 下層や中層で野心を燃やす実力者は間違いなく全霊で挑むはず。

 野心は無くとも出来るだけ多く稼ぎたいと欲張る輩も珍しくないだろう。

 そんな連中は多くのポイントを稼いで上を目指し――そして此処で番人に遭遇する。

 多くは《爪》に討たれて此処で力尽きる。

 隙を突くなり犠牲を払った一部は何とか昇降機に辿り着く。

 それで上層に出たところを、待ち伏せていた上の連中に一網打尽にされるワケだ。

 《闘神》は労せずして頂点に君臨し、上層の闘士達は楽して稼ぎを得られる。

 「戦いの機会は万人に対して平等」とか、確か開始前に言ってたが。

 

「何と言うか、随分と空々しいお題目だな」

「世の中そんなものじゃないかしら? 別に私はどうだって良いけど」

「まぁな」

 

 どうでも良さげに言いながら首を傾げるアウローラ。

 そんな彼女の髪を撫でつつ俺も頷いた。

 まぁそれはそれとして、今の話が正しければ昇降機の先はまた待ち伏せゾーンか。

 中層で既に一回喰らってるし、また同じように突っ込むのも微妙だな。

 別に罠なら罠で食い破れば良いだけだが……。

 

「レックス殿?」

「あぁ、ちょっと思いついた事があるんだが」

 

 考え込む俺にちょっと心配そうに呼びかけてくるテレサ。

 そんな彼女へ俺は意地悪そうに笑ってみせた。

 上手く行っても良いし、行かなくても良い。

 単純な嫌がらせみたいな話だ。

 

「ふむ、てっきり真っ直ぐ先へ進むかと思ったけど。

 一体何をする気だい?」

「先ずはちょっと来た道を引き返す」

「それから?」

「暴れ回ってる『災害』を出来る限りぶっ殺す」

「……あぁ、そういう事ね」

 

 俺の意図を真っ先に理解したのはアウローラだった。

 彼女は心底面白そうな笑みで、俺の首辺りにぎゅっと抱き着く。

 

「そしたら後は『見てるだけ』と、そんなところ?」

「だな」

「……あの、それで一体何を?」

 

 まだ分かってないテレサはきょとんとした顔をしていた。

 うん、上手く行くかどうかはホント分からないんで。

 此処でドヤって種明かしをして、失敗したら実際恥ずかしい。

 だから俺は言葉を濁す事にした。

 

「とりあえずはやってみようって事で一つ。

 手伝って貰えるか?」

「それは勿論、貴方の言葉なら否はありませんよ」

「助かる。『災害』の数も多いからな」

 

 ちょっと嬉しそうに微笑むテレサ。

 そんな彼女の頭を数回ほど撫でておく。

 未だこの場にいない糞エルフだが、あっちはあっちで多分勝手に動くだろう。

 見ているなら、俺の動きを見て直ぐ理解するはずだ。

 実際、アイツなら同じかそれ以上の事を即思い付きそうだし。

 

「で、僕には頼んでくれないのかい?」

「頼んだ方が良かった??」

「そこは是非とも空気を読んで欲しいなぁ」

 

 もう一人、ドロシアはわざとらしく笑ってみせる。

 多分こっちが何も言わんでも勝手に参戦しそうだけども。

 そう言われたなら一応言っておくべきか。

 

「それじゃあドロシアも頼めるか?」

「ハハハ、仕方ないなぁ。

 そこまで言われちゃ無碍にも出来ないかな?」

 

 などと言いつつノリノリな御様子のドロシアさん。

 これやっぱり何も言わんでも付き合っただろうとは言わんでおく。

 色々言いたげなアウローラとテレサは宥めるつもりで頭を撫でておいた。

 ともあれ、ぼちぼちやっていこうか。

 狙うのは参加者の行く手を遮る「災害」の群れ。

 俺は再度アウローラの力を借り、テレサは自前の魔術で宙を舞う。

 ドロシアはマイペースに徒歩だがその気になれば一番速いだろうな、多分。

 何にせよ、俺達は暫し怪物退治に精を出す。

 参加者は狙わず、逆に襲われてる連中を助ける形だ。

 その作業を何度か繰り返す。

 繰り返し、繰り返し、最終的にどうなるかと言うと……。

 

「――ま、こうなるわけだな」

 

 「災害」による防衛線は俺達の手で引き裂いた。

 そして昇降機の前でふるいに掛けていた《爪》も俺が始末した。

 上層を目指す為の道は今やがら空きだ。

 何も知らない連中は、何も考えずに上層へと突撃していく。

 事情をある程度は理解してる連中も、知った上で上層へと突撃していく。

 前者は無知なだけだが、後者はこれを好機と見ての行動だ。

 待ち伏せする上層の闘士達に対しての有象無象の数のゴリ押し。

 特典で「残機」を使ってるなら、自爆特攻ゾンビアタックも立派な戦術だ。

 上の奴らも、そこまで大量の参加者が一気に雪崩れ込むのは想定外だろう。

 今や上層へ続く昇降機は大盛況。

 俺達はちょっと離れた位置で様子見をしてる状況だ。

 

「上は結構な騒ぎになってるっぽいな」

「ええ、貴方の思惑通りね」

 

 抱き着いているアウローラの髪を撫でながら、俺は頭上に視線を向ける。

 俺達のいる中層から上層まで、分厚い天井を挟んだ状態のはずだ。

 が、上は相当激しくドンパチしてるらしく、微かな振動が此処まで伝わってくる。

 その間も、残った参加者達は次々に上層へアタックを仕掛け続けていた。

 しかしまぁ、ちょっと予想以上だなコレ。

 そんな俺の方を見ながら、ドロシアは小さく肩を竦めた。

 

「ま、『残機』があれば少なくとも死なないからね。

 上位の闘士ほど仕留めた時のリターンが大きい。

 幸運に恵まれればワンチャン一攫千金を狙えるし、やる方としては殆どリスクがない話さ」

「成る程なぁ」

 

 正直そこまでは考えてなかった。

 ただ障害物を取り除いて、他の参加者がいっぱい突っ込んでけば面白いかなと。

 結果的に俺の想像以上のお祭り騒ぎになってしまったが。

 

「ふふ。幾ら身代わりがあるとは言っても、死ぬと分かって我先にと突っ込んでく。

 他人から預かった命綱に不備があるかもしれないと、そんな事を少しも考えない。

 人間って本当に愚かな生き物よね。テレサもそう思わない?」

「私も人間ですので、少々答え辛いですね」

「一応俺も人間なんだよなぁ」

「ちょっと、冗談にそんなマジで返すのは止めて頂戴よ」

 

 物凄く堂に入った悪役台詞だったので、素で言ったのかとばかり。

 微妙に拗ねた感じのアウローラを抱っこして宥める。

 

「さて、こっからどうするかだな」

「やはり、そこまでは考えてなかったのですね」

「はい」

 

 テレサの言葉には素直に答えるしかなかった。

 いやホント、ちょっと思いついた嫌がらせを実践しただけなんで。

 思った以上の馬鹿騒ぎになった結果、思いっ切り前が詰まってしまった。

 無理やり通ろうと思えば通れるだろう。

 だがそうすると、今度は上層でのドンパチに正面から首を突っ込む羽目になる。

 うん、マジでどうするかなコレ。

 

「……少々お待ちを。イーリスに道が無いかを確認します」

 

 はい、よろしくおねがいします。

 端末を操作して、後方に控える妹と通信を始めるテレサ。

 こっちは流れ弾や昇降機周辺の動向に関して注意を向けておく。

 短いやり取りを終えると、テレサは顔を上げた。

 

「近くに整備メンテナンス用の通路があります。

 昇降機が使えない状態でも、そちらから上層への侵入は可能です。

 警備セキュリティはイーリスが無力化を試みるようなので問題ないかと」

「助かるなぁ」

 

 一番最初の都市でも何か似たような事があったな。

 普通は通れないんだろうが、こっちは頼れるイーリスが後ろに控えてる。

 

「僕としては正面から切り込んでくのも楽しそうだったけどなぁ」

「あら、別に一人で突っ込めば良いじゃない」

「冗談だよ。今さら寂しい事を言わないで欲しいなぁ」

「侵入経路は私が案内しますので、主とレックス殿は此方に」

 

 ドロシアの戯言をテレサはさらっと受け流す。

 俺はアウローラを抱えたまま、素直にテレサの後をついてく。

 果たして上層はどんな混沌カオスになっているか。

 未だに身を潜めたままのウィリアムは、何を考えて動いているやら。

 不明な事は幾つかあるが、今やるべき事は明白だ。

 最上層へ向かい、《闘神》をぶっ殺す。

 胸の内で燃える戦意を確かめ、俺は一先ず上層を目指して歩を進めた。

 

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