137話:降臨
結論から言えば、上層も良い感じに地獄絵図と化していた。
イーリスの助けで無事に裏道を抜け出し、俺達は上層階に辿り着いた。
狭い出入口を抜け出して、先ず目に入ったのは無数の戦闘ヘリだ。
上層の連中が用意したものか、中層の闘士達が持ち込んだモノかは分からない。
それらが頭上を飛び交い、銃弾や爆弾をばら撒いている。
上層にも立派な街並みがあったのだろうが、見える範囲は殆ど瓦礫だ。
ドロシアが切り刻んだ大型の自動人形の姿も何体か確認できる。
その足元では武装した参加者同士も激しくぶつかり合う。
「いやぁ、お祭り騒ぎって感じで楽しそうだねぇ」
「混ざりたいならあっちに行っていいのよ?」
「なかなか魅力的な提案だけど、今は遠慮しておくよ」
突き刺す棘に覆われたアウローラの言葉。
ドロシアはそれを軽く受け流す。
テレサの方も変わらずドロシアは警戒しているようだ。
注意は其方に向けつつも、彼女も俺と同様に周囲の様子を観察する。
「どうだ?」
「最上層への
「それじゃ、さっさと進みましょうか」
テレサに応じながらアウローラは俺の腕にしっかり抱き着く。
可能なら、このまま一気に《闘神》のところまで行きたいもんだ。
「上を飛んで一気に行く?」
「戦闘ヘリもかなりの数飛んでいますし、止めた方がいいでしょう。
対空砲火に巻き込まれるのも面倒です」
「だな。飛んで行ければ楽だが、此処は素直に地べたを行くか」
「進路についてはお任せするよ」
まぁドロシアは何でも良いだろうな。
方針は纏まったので早速動き出す――前に。
腕に抱き着いてるアウローラが小さく何かを囁いた。
恐らくは魔法だろう。
術式が発動しても、見た目上には特に変化はない。
ただ薄い魔力の衣を纏ってるような感触がある。
「姿隠しの魔法よ。ちょっと前にも使ったと思うけど」
「あぁ、最初の都市でやったな」
今では懐かしい話だ。
魔法とかで感知されない限りは他者から認識されなくなる魔法。
確かにコレがあれば隠密行動は随分と楽になるな。
しかし。
「これ、最初の段階で使うのはダメだったのか?」
「一番最初はウィリアムがいたでしょう?」
「はい」
それだけで納得してしまった。
「油断ならない」という一点に関しては誰よりも信頼できる男だ。
搦め手の札は出来れば見せたくない気持ちは良く分かる。
まぁ、今の時点で見られてる可能性は十分あるが。
少なくとも遠見の魔法で探っても、それらしい姿は見つからない。
本当にいないのか、それとも隠れてるだけか。
残念ながら此方も判断する材料がなかった。
……しかしアイツ、まさかこのままずっと潜伏し続ける気か?
自分から「手を組む」とか言っておいてコレとか、一体どんだけ肝が太いんだ。
と、いない相手にグチグチ考えても仕方ない。
今は前向きに動くべきだろう。
「じゃ、また先導頼めるか?」
「勿論、お任せを」
俺の言葉に嬉しそうに微笑んで、テレサは先頭に立つ。
それに続いて俺とアウローラ、後ろはドロシア。
死神に背中を晒すようで余り気分は宜しくないが、こればっかりは仕方ない。
少なくとも見せるなら、案内も務めるテレサより俺の背中の方がマシだ。
向こうも面白がってチクチクと殺気を飛ばしてくるが、悪戯の間は無視する。
本気で斬りかかって来たらその時はその時だ。
「うーん、予想より遥かに
「不満か?」
「いいや、君達の手際を近くで見られるだけでも十分さ。
欲を言えばもう少し血生臭い方が好みだけどね」
「血の臭いなら十分漂ってるでしょうに」
本気か冗談か――いや、概ねドロシアの言葉は本気だな。
アウローラは若干顔を顰めながら突っ込む。
「ハハハ、流血は自分の手で、自分の刃でなければ。
面白くないだろう? 血の臭い自体が好きってワケでもないからね」
「てっきりそういうのに酔うタイプだと思っていたが」
「酔う時もあるけど、普段は最低限の節度は守ってるんだよ」
「節度って言葉がこれほど白々しく聞こえる事もそうないよな」
テレサと俺がそう言うと、やはりドロシアは笑っていた。
それは酷く血の臭いが濃い笑みだった。
まぁ基本的にずっと血臭は漂わせてるんだけども。
おかげでアウローラもテレサも気が立ちっぱなしだ。
一先ず爆発すると拙いアウローラを撫でて落ち着かせる。
喉で唸るような音を立てているが、とりあえずは大丈夫だろう。
テレサは警戒こそ続けているが、自分の役目も忘れていない。
戦火の混沌と化した上層階を俺達は密かに駆けていく。
流れ弾にさえ注意すれば無駄なドンパチに労力を割かなくて良い。
俺達が魔法で不可視になっている横では激しい銃撃戦が行われていた。
どっちが上層の私兵で、どっちが中層から上がって来た闘士かは不明だが。
その中には、明らかに装備の質が違う奴も偶に混じっている。
「糞っ、どうなっている!?
中層からこんな人数が上がって来るなどあり得んだろう!」
「撃て、撃て!! 弾が尽きたら突っ込むぞ!」
「貴族気取りの煙野郎め! 一泡吹かせてやるっ!」
「所詮は烏合の衆だ! 蹴散らせ! 一人たりとも近付けるな!」
正に戦況は
質の良い装備を纏い、周りに指示を飛ばしてるのが上層の闘士か。
部下の兵隊に命令しながら、自分でも武器を振り回して中層の連中を蹴散らす。
流石に地位相応の実力は持っているらしい。
多少腕が立つ程度の参加者と比べれば差は歴然。
銃を撃つぐらいしかない奴は紙くずのように吹き飛ばされる。
このまま続けば、「数」は兎も角「質」で勝る上層側の圧勝だろう。
ぱっと見ではそう感じるが、中層側の参加者にも強い奴は混ざっている。
目を引くのは大柄な
これで見かけるのは三度目になる闘士ゴライアス。
全員多少の差はあるが、例外なく腕の立つ強者であるようだ。
彼らは上層の私兵ぐらいは物ともせず、嵐のように戦場を荒らし回っている。
「図に乗るなよ薄汚い
恐らく、この場にいる私兵達の
光を帯びた派手な色合いの装甲に、手にはデカい
ゴライアスにも負けない巨体を持つ上位闘士。
その動きは見た目と違って鋭く、有象無象は斧槍を振り回すだけで薙ぎ払われる。
勢いは維持したまま、上位闘士が放つのは渾身の一撃。
それは酷く真っ直ぐにゴライアスに振り下ろされる――が。
「そんなもんが効くかよ!!」
ゴライアスは正面から斧槍の刃を受け止めた。
相手が一瞬怯んだ隙を突き、岩人は風のように動く。
見た目に似合わない巧みな足運び。
上位闘士の懐に拳を当てると、そのまま押し倒すように吹き飛ばした。
やっぱ強いな、アイツ。
ゴライアスだけでなく、ゲオルグを含めた他の仲間達も予想通りの強さだった。
人数にして六、七人。
俺が詳しくはないだけで、恐らく全員闘士としては名を上げた面子だろう。
上位闘士が率いる集団相手にも引けを取っていない。
が、相手も当然容易くはないようだ。
「図に乗るなと言ったはずだぞ!!」
文字通り岩の拳で殴り飛ばされても上位闘士は怯まない。
即座に体勢を立て直し、練達した手さばきでデカい斧槍を操る。
膂力と頑強さに優れたゴライアスと打ち合うのは不利と判断したか。
長物による
頑丈さにモノを言わせて無理やり進むのはリスクが大きい。
「残機」があるとはいえ、急所を貫かれればそれで戦場からは
「チッ……!」
苛立たし気にゴライアスは舌打ちする。
ゲオルグや他の闘士も足止めされており、横槍を入れるのは難しい。
善戦はしているが、やはり上層側が一枚上手のようだ。
このまま戦えば中層の方がジワジワと削り殺されて終わりだろう。
「……もしかして、助けようとか考えてる?」
ついつい進む歩を緩めて眺めてしまったせいか。
抱き着いてるアウローラが囁くように言って来た。
彼女の魔法のおかげで、まだ戦場の誰も存在には気付いてない。
此処で横から殴り掛かれば、状況は一気に変わるのは間違いない。
それをするのも悪くはないかと、一瞬考えたが……。
「いや」
俺は小さく首を横に振った。
予想外だったのか、アウローラは不思議そうな顔で見てくる。
テレサもスタンバイしてるところ申し訳ないけど。
「多分、こっちが動く必要ない」
と思う。
そう言い終えるより早く、状況が動いた。
「さぁ、下賤な魔人め!
上層三位たるこの私の名を愚かなその身に刻べっ」
気持ちよく名乗りを上げようとしていた上位闘士。
ソイツが妙な声を出しながらびくりと震える。
その頭には一本の矢が突き刺さっていた。
誰の矢かなんて論ずる必要もない。
ゴライアスは一瞬面食らったが、それを直ぐに好機と呑み込む。
その「一瞬」で自分に矢が飛んで来なかったからだ。
「このまま上層を荒らせるだけ荒らせ」と。
矢に込められた
俺もそう感じたが、実際のところは分からない。
何をどう解釈しても
「野郎ども! このまま押し切るぞ!
『残機』が落ちる前に稼げるだけ稼いで行け!!」
「応よ!!」
大将格の一人が討ち取られた事で、上層側には動揺が広まる。
その機を逃さずゴライアスは声を張り上げ、自分達の士気を高めていく。
これでどうなるかはまだ何とも言えない。
だが少なくともジリ貧で押し潰される事はそう無いはずだ。
……しかし。
「やっぱ見てるよな、あの糞エルフ」
「まぁ、それ自体は予想の範疇でしたね」
「余りにもタイミングが良すぎるし、消えてる私達も見えてるんじゃないかしら?」
「勘でやったと言われても否定できんからなぁ」
まぁ逸れてる間に死んでました、という極小の可能性は消えた。
やはりウィリアムは俺達の事を見ながら独自の方針で動いているようだ。
それはそれで良しとするしかない。
ウィリアムにとって、大事なのは自分達の森を護る事。
少なくともそれを損なう真似だけは絶対にしない。
何がどうあの男の「利益」になるか分からん以上、常に油断は出来ないが。
「惜しかったな、今の横槍……いや横矢?
兎も角それが無ければ、少しは楽しい殺し合いが出来そうだったのに」
「アイツもそれを見越しての事かもしれんな」
俺も直前までは考えていたし。
「この程度の些事に関わっている暇があるならさっさと進め」――とかだろうな。
あの矢に俺への向けた意味があるとすれば。
動かされているような感じはするが、此処は素直に従っておこう。
「……しかし、矢が来るなんて良く分かったわね」
「何となくな」
森で散々狙われたせいもあるかもしれない。
何となく、動くならこのタイミングだろうなと感じた。
殆ど勘だから確たる根拠は一つもない。
結果的には的中したが、この感覚も過信し過ぎないよう気を付けよう。
「……やっぱり、私はあの男は好きじゃないわね」
「俺も得意ではないなぁ」
「そういう意味じゃなくてっ!」
何やら不満そうな顔でアウローラはぎゅっと俺に抱き着く。
そんな彼女の髪をゆるゆると撫でながら、俺達は再び戦場を進んで行く。
ウィリアムが介入を始めた以上、この戦場は簡単には終わらない。
上層と中層の闘士達による泥沼の殴り合い。
出来ればそれが続いている間に、さっさと《闘神》のいる最上層に……?
「待ちなさい、テレサ」
「あぁ、何かヤバい」
アウローラと俺は、ほぼ同時に制止の声を上げた。
それを受けて足を止めたテレサも、一瞬遅れて気が付いたようだ。
ドロシアの方は誰よりも先に察していたかもしれない。
遥か頭上に高まる、強大な魔力の気配を。
「オオオォオオオオオォォォォ――――ッ!!」
咆哮は熱波を伴い、戦場全体の空気を吹き飛ばす。
轟音と爆炎、そして衝撃が都市そのものを揺るがす。
上層の天井を溶かすようにぶち抜いて、下りてくるのは巨大な火柱。
それはまるで巨大な剣のように戦場のど真ん中に突き刺さる。
何が起こっているのか、参加者の大半は理解出来てないだろうな。
俺達の方も、何故そんな行動に出たのかは分からない。
ただ起こった事実として言えるのは。
「何処だ、宿敵よ、愛しき方よ……!!
我は此処だ、此処にいるぞ!!」
《闘神》オリンピアが、混沌とした戦場に降臨した事だけだった。
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