第四章:戦祭りの馬鹿騒ぎ

134話:戦線に異常なし


 暴れ回る「災害」は確かに厄介な相手だ。

 そんなのが一匹だけでなく複数いるという状況。

 おまけにどいつもこいつも、俺を見つけると怒り狂い始める。

 これほど面倒な状況もなかなか無い。

 だがまぁ、コイツらは獣だ。

 しつこいし巨体だから頑丈タフで破壊力もヤバい。

 けれど本能に従って暴れるだけなので、そういう意味では相手しやすい。

 何匹いても連携を取ってくる事もないしな。

 だから適当に足の肉を剣で抉り、怒り狂わせた上で逃げ回る。

 これを二匹、三匹と繰り返せばやはり全部が全部同じようにブチ切れた。

 憤怒の余りに目の前が真っ赤になってるだろう獣ども。

 ソイツらの鼻先で、敢えて見えるように走ればどうなるか。

 何も考えずに全力で飛び掛かり――そして「災害」同士で激突した。

 こっちしか見て無いからそうなる。

 

「お見事ですね」

「相手がアホで助かった。

 そっちこそ流石だな」

 

 別の「災害」の頭を蹴り飛ばしたテレサ。

 彼女は《転移》を使って走る俺のすぐ横に再出現する。

 真竜である《闘神》の分体とはいえ、一応「災害」も生物ではあるらしい。

 テレサが強烈な打撃を頭にブチ込めば暫く行動不能に陥る。

 流石に俺もパンチだけじゃそこまでの威力は出せない。

 彼女がいなければ怪物の包囲突破はもう少し面倒だったろう。

 

「いえ、私などが少しでもお役に立ったなら幸いです」

「そこは別に素直に受け取って良いのよ?」

 

 微妙に照れた様子のテレサに、アウローラがクスクスと笑う。

 うむ、実際に助かってるからな。

 そんでこの場にいるもう一人の方だが。

 

「――おや、こっちには何も無しかな?」

「うん、助かってるは助かってるぞ」

 

 恐るべき「災害」どもを容易く切り刻む灰色の死神。

 ドロシアもまた俺のやや後ろを付いて来る。

 正直、背後にいて欲しくは無いんだが。

 こっちの空気を察して、ドロシアは小さく喉を鳴らす。

 

「後ろから斬られる心配でもしてる?」

「はい」

「素直だなぁ、そういうとこも好感持てるけどね。

 けど大丈夫だよ、君を斬るつもりならちゃんと正面に回るから」

「何が大丈夫なのか全く分からん奴だなソレ」

 

 ホント、終始こんな調子である。

 おかげでこっちの女性陣の警戒レベルが上がりっぱなしだ。

 今の状況でドロシアとビシバシやってもこっちは不利益デメリットしかない。

 なので抑えるしか無いんだが、ドロシア自身は「それはそれで」な反応だ。

 兎に角、彼女は自分が愉しく殺り合えればそれで良いらしい。

 他に邪魔のない状況なら付き合ってやってもいいんだが。

 

「レックス」

「あぁ」

 

 耳元で囁くアウローラの声。

 それは「敵が近い」事を俺に伝える合図だ。

 こっちもこっちで鎧の上から肌に刺さるような敵意を感じ取っている。

 確かに「災害」どもは厄介な相手だ。

 しかしこの戦場にいるのはデカいだけの怪物ばかりじゃない。

 

「っと」

 

 四方から撃ち込まれる銃弾を、俺は剣で弾き落とす。

 当たりはしなかったが、正確な銃撃は此方の足をその場に縫い留める。

 その瞬間、瓦礫などの遮蔽物から複数の影が飛び出した。

 総数は五人、全員例外なく全身を装甲で固めている。

 手にゴツい銃器を持ってるのが二人。

 他三人は槍と鎚、大剣でそれぞれ武装していた。

 コイツらが前衛で、恐らく後方にもさっき銃撃してきた後衛がいる。

 連携は淀みなく、出て来た五人は素早く俺達に仕掛けて来た。

 二人の銃使いはドロシアに対し銃弾の雨を浴びせかけた。

 

「へぇ、予習は出来てる感じかな?」

 

 気軽に笑いながら、ドロシアは手にした剣を閃かせる。

 一振りで放たれる無数の斬撃。

 それは二人掛かりで放っている銃撃の大半を空中で叩き落す。

 俺でも全部は無理な数だが、ドロシアの腕前ならば問題ないようだ。

 しかし防ぐ方に手を塞がれる形で、流石に反撃には出られない。

 銃なら当然、弾切れが起こる。

 ドロシアもそれを狙っている為か、特に焦った様子はない。

 弾は程なく撃ち尽くされる――が。

 その空白を埋めるように、再度の狙撃がドロシアへと撃ち込まれた。

 銃声が後から届く遠方からの精密射撃。

 ドロシアはこれを見もせずに弾き落とす。

 だがその対応の為にはどうしても足を止め、剣を振るう必要がある。

 その一瞬だけで銃使い二人は弾の補充を完了させていた。

 再び始まる銃弾の雨。

 先程と同じく、それはドロシアをその場に封じ込める。

 

「ハハハ、流石は戦争都市ってところかな!」

 

 うん、彼女が楽しそうで何よりだ。

 手助けは必要ないだろうし、そもこっちも相手がいるからな。

 残る三人、その中で槍持ちはテレサに。

 鎚と剣の二人は俺の方へと向かって来た。

 その動きは風のようで、分厚い装甲の重量など一切感じさせない。

 多分、身体自体を強化してるんだろう。

 剣使いは俺に対し正面から切り込み、鎚使いは横から回り込むように打ち込む。

 此方のフォローに入ろうとしたテレサは、槍使いの鋭い一突きが遮った。

 なかなか良い連携だな。

 

「ッ――――!」

 

 剣は受けずに弾き、鎚の一撃は気合いで受ける。

 体勢を崩すつもりだったろうがそう簡単にやられるつもりはない。

 片腕でガッチリ止めると、鎚使いは僅かに驚きの声を漏らす。

 だが動揺で動きが乱れる程に甘くはない。

 主攻は剣使いが担い、鎚使いは得物に似合わぬ細かい打ち込みで攻めてくる。

 どういう連中かは知らないが、個々の実力も相当に高い。

 既に二度戦った岩人――ゴライアスよりは多少劣るぐらいか。

 なので一人一人なら問題ないが、二人掛かりでの連携は簡単には崩せない。

 

「上手いもんだな」

「……先のゲームは見せて貰った。

 女をぶら下げたままで勝てるのか?」

 

 刃を合わせながら、俺の独り言に剣使いの方が応じた。

 いや、アウローラは軽いから別に問題ないし。

 何より彼女の魔法による援護は非常にありがたい。

 まぁ前の《死亡遊戯》では連れて無かったし、そう思うのも無理はないか。

 

「あら、私は足手纏い?」

「いいや」

 

 俺の背に引っ付いたままでアウローラはクスクスと笑った。

 今の状況について、特に心配をした様子も無い。

 実際、大きな問題はないからな。

 

「随分と余裕だな……!」

 

 鎚使いの方が若干苛立った声を上げた。

 とはいえ、それで隙を見せるような練度ではないらしい。

 攻撃の手は緩めず、また大振りにはならない程度に。

 鋭い打撃が側面から何度も叩いて来る。

 それを腕や身体で受け、剣使いの攻撃の合間であれば刃の方で弾く。

 別に余裕ってワケでもない。

 事実としてコイツらは上手い事やっている。

 近付くのが危険なドロシアは複数の銃で延々と弾幕を浴びせての足止め。

 一人では不利な俺に対して二人掛かりで白兵戦を挑む。

 先の《厄災》の映像を見て、遭遇した場合の対策を練って来たか。

 これを崩すつもりならそれなりの無茶が必要だろう。

 そう、俺だけならば。

 

「ぐぉっ……!?」

 

 均衡を崩したのは、青白い光。

 派手な音を立てながら半壊した装甲服が転がる。

 それはテレサに仕掛けた槍使い。

 手にしていた槍は半ば程で折れ、硬い装甲も半分以上剥ぎ取られている。

 さっきの青い光、《分解》の魔法が直撃した結果だな。

 武装を壊された状態で、槍使い……元・槍使いは地に伏せる。

 手練れの仲間があっさり撃破された。

 その事実を目の前に転がされ、剣と鎚の二人は流石に動揺を見せる。

 

「情報の少ない私を、他の二人より脅威度が低いと見積もりましたか。

 ――甘いですね」

 

 囁くようなテレサの声。

 《転移》と共に叩き込まれる拳が、鎚使いの身体を吹き飛ばす。

 テレサの得意技だが、アレはホントに凶悪だよな。

 こっちはこっちで、残る剣使いの方へと走る。

 後は特に語る必要も無い。

 剣使いもさっきまでは此方の刃を上手く流していたが。

 最後はまともに受けようとした為、装甲ごと真っ二つで終わりだ。

 テレサがぶっ飛ばした鎚使いも、瓦礫に埋まったまま動かない。

 後は……。

 

「うーん、流石流石。テレサの方も思った以上の実力だね」

 

 ドロシアだが、二人の銃使いは既にバラバラになった後だった。

 こっちはこっちで忙しかったせいで、あんまり見てる余裕はなかったが。

 やっぱりちょっと手を抜いて戦ってたなコイツ。

 

「別に手加減してたワケじゃないよ?

 まぁ様子見してたのは間違いないけど」

 

 こっちの空気に気付いたか、くすりと笑うドロシア。

 まぁ別にそれはどうでも良いんだが。

 

「……様子見の対象は私か?」

 

 そう言ったのはテレサだった。

 戦っている最中も、意識はドロシアにも向けていたようだ。

 彼女から飛んでくる鋭い視線に、死神は笑みを深めた。

 本当に、心底楽しそうに。

 

「君の戦いぶりは、まだ直接見てなかったからね。

 気を悪くしたかな?」

「いや。それで、感想は?」

「素晴らしいね。レックスとはタイプが違うけど、君も期待以上の戦士だ」

「過分な評価、光栄だな」

 

 うーん、すっごいバチバチしてるな。

 テレサとドロシアの間で火花が見えそうだ。

 理性的なテレサは自分から仕掛けるような真似はしない。

 その辺は信用していた。

 

「テレサ、時間の無駄だからその辺にしておきなさい」

「失礼しました、我が主」

 

 実際に、アウローラが制止すると彼女は直ぐ引き下がった。

 微妙に残念そうなドロシアは気にしないでおく。

 

「またいつ『災害』が寄って来るかもしれないんだから。

 さっさと移動しましょう」

「だなぁ」

「後はさっきの狙撃手もいるはずだけど、急に撃って来なくなったね」

 

 そう言いながら、ドロシアは遠くを見る。

 少なくとも見える範囲に狙撃手らしい姿はない。

 先程まではドロシアを狙っていた奴らがいたはずだ。

 仲間が殺られたのを見て離脱したのか。

 或いは、何処ぞの糞エルフに横から撃ち殺されたか。

 

「……多分後者だな」

「? レックス殿」

「いや何でも無い、ただの独り言だ」

 

 首を傾げるテレサに、俺は小さく肩を竦めた。

 どっかに潜みながら、こっちを囮に漁夫の利を狙う。

 実にやりそうな事だし、それ以外にも何かやってそうなのが糞エルフだ。

 ウィリアムについては一先ず置いておくとして。

 

「で、ぶっちゃけ道とか合ってるのか?」

「さぁ、僕も『災害』が防衛線敷いてるぐらいしか分かってないんだよね」

 

 協力者からの実に頼もしいお言葉だった。

 俺に引っ付いたままのアウローラが、ちらりとテレサに目線を送った。

 テレサは実に落ち着いた様子で頷いて。

 

「ご安心を。最上層へ抜ける為の最短ルートは、昨夜にイーリスが調査済です。

 途中で幾つかセキュリティを抜ける必要はありますが。

 其方もイーリスが突破可能です」

「うーん流石」

 

 寝ずに準備してくれたって言ってたしな。

 こっちは殴り合いぐらいしか出来ないし、本当に頼りになる。

 テレサも少し自慢げに笑ってから、改めて俺達の先頭に立った。

 そうしている間も、遠くから地を揺らす音が響く。

 懲りずに「災害」が追いかけて来たようだ。

 

「では、此方へ」

「おう、頼んだ」

 

 短く言葉を交わしてから、俺達はまた戦場を駆ける。

 後方だけではなく、進行方向にもまた巨大な影がチラチラと見える。

 本当に邪魔ではあるが、「災害」がいるって事は進行方向としては正しいはずだ。

 《闘神》の居場所に辿り着くまで、どれだけの怪物がうろついてるやら。

 

「――大層な肩書きを名乗ってる割に、臆病な男だな」

 

 ぽつりと。

 けれど耳にハッキリと届く声で、ドロシアがそう呟いた。

 特に誰に向けた言葉でもなく、独り言に近い。

 思わずそっちを見ると、笑顔のドロシアと目が合った。

 猫のような瞳だと、何となくそう思った。

 

「君はどう思うかな? レックス」

「分からん」

「おや、あっさりだね」

「臆病だろうが何だろうが、これから仕留める相手なんだから。

 そんな事、気にしても無意味じゃないかしら」

 

 やや不機嫌そうに口を挟むアウローラ。

 俺も大体は同意見だ。

 結局、相手が何であれ此方のやる事は変わらない。

 それは事実だし特に間違っちゃいない。

 ドロシアも俺達の言葉には同意するように頷く。

 

「まぁそれに関しては僕も概ね同意見だけどね」

「まだ何かあるのか?」

「いいや、そういうワケじゃないよ。

 ただ……もし本当に、《闘神》が肝の小さい臆病者だったら。

 果たして君は相手に何を思うかな?」

「んー、別に」

 

 結論は既に出ている話だ。

 だから俺はなるべく簡潔に答えた。

 実際、それ以外に特に言う事もないんだ。

 ドロシアも似たようなモノのはず。

 ――だから彼女は、酷く愉快そうに笑ってみせた。

 

「うん、僕も君と同じで別に思う事はないかな。

 相手の本質がどうあれ、『斬る』って過程と結果が変わらないならね」

「ま、そうだよな」

「うん。――やっぱり僕らは気が合うと思うよ、レックス?」

「その結論に持っていきたかっただけだろう、お前は」

 

 背中から感じる主人の怒りを代弁するように。

 言葉を弄ぶドロシアに、テレサは躊躇いなくツッコミを入れた。

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